企画用

□キスは雄弁に物語る
1ページ/5ページ






彼、ジャン・ハボックは、目の前を立ち上る紫煙を眺めている。
立て続けに何本かの煙草を吸った。
今吸っている煙草の先は殆ど灰になって今にも落ちそうになっている。

彼は安アパートの狭いリビングで一人、薄暗いのに電気も付けず一人掛けのソファーに座っていた。
動作と言えば煙草を口に運び、短くなったらそれを新しいのに取り替える事くらいだった。

外は雨。
非番にも関わらず特にやる事も無く、彼の眠そうな目には何も写っていない。





その様子を見れば一目瞭然であるが、彼は落ち込んでいた。
しかもかなりの勢いで。

最近思いがけず実った恋に浮かれていたのも束の間、片思いの頃からは想像もつかなかった感情が溢れ出してきたのだ。

昨日の仕事中の事だった。
たまたま目にしたその光景は今も彼の頭に鮮明に残っている。

今まで同じ光景を何度も見たことがあった筈だった。見慣れていた筈だったのだ。





彼の恋人はリザ・ホークアイ中尉。
ハボックは彼女に会った瞬間から恋に落ちた。
そしてその瞬間から失恋を確信していた。
何故か。それはロイ・マスタング大佐の存在である。
二人は恋仲なのか。
当初の懸念は杞憂に終わった。
ただの昔馴染みであると比較的早い時期に教えられたのだ。
ホッとしたのも束の間、彼等の関係はそれを通り越して尚深いものだった。

二人は同じ苦しみと重みを背負って生きている。
見る限り二人の間に他の人間が入り込む隙間など皆無だった。
彼と彼女には二人だけの世界があり、そこでしか通じ得ない言葉があるのだ。





彼が見たのは、一つの書類に頭を付き合わせて話している彼等だった。
二人とも真面目な顔をして小声で話していた。
…不意に、大佐が何か冗談の様な事を言ったのだろうか、中尉の顔がその途端ほころび、花が咲いた様に笑った。

ハボックはそれを見た途端、ぎゅうと胸を捕まれたような気分になり、その後彼女を家に誘うつもりだったのだがそれもできずにスゴスゴとアパートに帰ってきたのである。

「なんでまた中尉は俺なんかと付き合う事にしたのやら…」

ハボックが一人呟くと、煙草の先端で重くなっていた灰がボロッと落ちた。

「うわっ!あちっ!!」

シャツに焦げ目を作ってしまい、訳もなく虚しさが募る。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ