企画用

□キスは雄弁に物語る
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いい加減にしろジャン。
何が不満だっていうんだ。
自分で自分を罵倒する。
自分らしくない。
そんな事はわかりきっていた。





玄関の呼び鈴が鳴る。
誰だろうとハボックは首を傾げた。

こんな時間訪ねてくる者の見当がつかなかった。

なんかの勧誘かな?
不機嫌な面持ちのままドアを開けると、雨の為に湿り気のある冷たい空気が部屋に入ってくる。
そこには美しい彼の恋人が立っていた。

あれ?
驚きのあまりに立ち尽くす。
今日は彼女は出番だよな?
仕事の帰りだろうか、それにしてはまだ早い時間だ。
彼女の格好は私服だった。
濡れた傘を片手に持っている。
おろした長い髪がうっすらと濡れていた。
ハボックはそのきれいな髪を彼女の耳にかけたいと思ったが、今の心境ではそんな事はできなかった。

ハボックの頭一つ分下にある彼女の顔は彼の顔を真っ直ぐに見上げている。

「…中尉。どうしたんスか?」

ハボックは動揺を隠しつつ尋ねた。
彼女は控えめに微笑んだ。

「早く上がらせてもらったの。昨日の帰りもだいぶ遅かったし。」

「俺らが上がってからだいぶかかったんスね。」

「大佐ったらサボってばかりいるんだもの。…昨日中に仕上げないといけない書類がたくさんあったのに。」

「ああ。」

彼女の口が『大佐』の事を語ると、ハボックの胸は再び軋んだ。

「今日は少し無理を言っても、大佐は逆らえなかったみたい。」

ふふ。と彼女は悪戯っぽく笑った。

「…」

「……。」

…彼女は黙ってハボックの顔を見た。
ハボックの少し困った様な優しい顔を。
少しばかり垂れ目のきれいな瞳。
無邪気に笑うハボックの気取らない笑顔が好きだった。
話すとき、一生懸命になるあまりに少し猫背になる所も好きだった。

ハボックが落ち込んでいる事は知っていた。
そしてその原因も。
彼女は、自分と大佐の関係が近すぎる事を知っていた。
恋愛感情では有り得なかったが、彼の人生は彼女の人生そのものだったし、その逆も然りだった。

それは今もこれからも変わらないだろう。
それは決して変えられない事だった。彼等が望む望まないに関わらず。

その事が恋人を傷つけている事を知っていた。
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