企画用
□試すような真似しても無駄
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君の入れる珈琲は世界一美味い。
と彼は常々そう言う。
同じ豆でも君が入れると違うんだよ。君が入れる珈琲には特別な深い香りがある。
酸味も上品だし、苦みもしつこくない。
…さすがに大袈裟だと思うのだが。
司令部全体で一括購入している安物の珈琲豆が、そこまで美味しくなる訳がない。
誰がいれたってそう味は変わらないだろう。
だいたい口が上手すぎるのだ。
数々の女性を口説く時のように、…私をいい気分にさせようと、なんの変哲もない普通の珈琲をさも貴重なもののように飲むのだ。
別に不満があるわけではない。
私は狙撃手であって、バリスタでは無いのだ。
珈琲が美味しかろうがまずかろうが、それは本業とは全く関係の無い事なのだ。
…でも…。
ほんの出来心。
本当に私が入れた珈琲は他よりも美味しいのか?
彼にはその違いが本当に解るのか?
給湯室へ行った時、たまたま先客がいたのだ。
事務の女性で、調度休憩の時間が重なったのだ。
「あら、ホークアイ中尉。今珈琲を入れた所なの。たくさんあるから良かったらマスタング大佐にも持っていって。」
私はにっこり笑って頷く。
好意で分けてくれたのだ。
それをわざわざ入れ直すこともあるまい。
どうせわからない。
彼はいつもの珈琲だと思ってこの珈琲を飲むはずだ。
怖いような。
…それでもほんのすこし期待してしまう気持ちもある。
執務室で苦手な書類と向き合っている彼は、果して何て言うだろうか?
「中尉。」
彼の声は少し不満そうで、少し勝ち誇っているようにも聞こえた。
「なんですか?」
「試すような真似しても無駄だよ。」
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