短編小説

□それだけの事
1ページ/14ページ

朝の出勤時。

私はいつものように軍部の門をくぐろうとすると、一人の女性が私に声を掛けた。

「マスタング大佐の副官の方ですよね?」

少しだけ私より背が低い彼女は切羽詰まった様子で私の顔を見上げている。

その瞳は濁りなく真っ直ぐだ。

…あれ?どこかで会ったことが?

初対面であることは間違いない筈。

不思議な感覚に捕らわれながら、私は彼女に少し微笑んでみせた。

「そうですが。何か?」

彼女は少しだけ安心した様に少し息を吐いて、そして私に微笑み返した。

「私、――・――と申します。あの…。これを、マスタング大佐に渡して頂けませんか?」

彼女は丁寧にラッピングされた紙袋を私に差し出す。

「…私が作ったクッキーなのですが…。手紙も一緒に入っているのでよろしくお伝えください。」

「大佐のお知り合いの方ですか?」

大佐には直接会ったこともないファンの方も多い。

一応確認の為に尋ねる。

彼女は自信がなさそうに頷いた。

「一度…。お食事をご一緒させて頂いたことがあります。」

それでは名前を告げれば大佐もわかる筈だ。

私は紙袋を受け取る。

「そうですか。わかりました。間違いなく渡しますので。」

私がそう言うと、彼女はやっとホッとしたように肩を撫で下ろした。

「よろしくお願いします!……あの。ホークアイ中尉…でよろしいんですよね?」

「はい。」

「ありがとうございます!ホークアイ中尉。」

「どう致しまして。」





自分の気持ちに嘘偽りない彼女の姿。

私にある人を連想させる。

その人はニッコリと笑って、真っ直ぐに愛しい人を見つめ、躊躇うこと無くその人の名前を呼ぶ。


…―それは、ずっとずっと遥か昔の………


.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ