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□キミと過ごすこれから
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 あっけないなぁって思った。
 積み上げてきたものも、与えられてきたものも、その時≠キべて一瞬で無に帰す。
 大好きなものも。大嫌いなものも。なにもかもすべてを内包して、奪い去っていく。
 いや、消え去るの方が正しいか。
 伏見小夜(ふしみさよ)は、じゃりりと音を立てて枯山水の庭に降り立つと、その頬を流れるものを隠すように空を仰いだ。
 自分にも必ずその時≠ェやって来る。
 必死に築いたものはその時℃クうためにあるのなら、そのひとつひとつに意味なんてあるのだろうか。
どんなに必死に手にしても。一生大事にしようと誓っても。
結局は全てを置いて消えていく。
全てが無駄に思えた。
 富も名声も、人間関係も。築くだけバカバカしい。


 小夜が小学四年生の冬。
 大好きだったおじいちゃんが死んだ。










 小夜は、担任の合図を聞くと机の中のものを鞄に詰め込んだ。
 退屈な帰りのホームルームが終わり、部活にも何も所属していない小夜は、もう帰るだけだ。
 おじいちゃんを失ったあの冬から、もう三年が過ぎた。
 小学四年生だった小夜も、今では中学二年生。
 校舎も、身を包む制服も、周りの環境もあの頃とはすべて変わったけれど、変わらないものがひとつだけあった。
 富も名声も人間関係も、築くだけバカバカしい。すべて無駄。
あの日、おじいちゃんが亡くなったときから芽生えたこの感情は変わらず小夜の中にある。
「伏見」
教室を出ようとした小夜は、ふいに誰かに名前を呼ばれた。
振り返って、その細く形のいい眉をきゅっと寄せる。
小夜の名前を呼んだ人物、真見夏夜十(さなみかやと)。
小夜は、このクラスメートがあまり好きではなかった。
人生を諦観している小夜とは正反対に、人生は希望で満ち溢れていると信じてまるで疑っていない。それが真見夏夜十だった。
きりりと上がった眉に、強い意志の光を宿した瞳、やんちゃそうに持ちあがった口角。健康的な印象を与える整った顔立ち。
夏夜十は見た目の印象そのままの、元気で明るいクラスの人気者だった。おまけに野球部のエースピッチャーにして四番バッター、成績も優秀で先生の評判もすこぶる良い。
対して小夜は、つややかに光る漆黒の髪に、血管が透けて見えてしまいそうなほどの白い肌。細く形の良い眉に、夜の闇のような漆黒の瞳、何かを語る事を拒むようにきつく結ばれた唇。日本人形を思わせるようなその端麗な容姿から発せられる近寄りがたい空気。
すべての物事に諦観を抱いている小夜の雰囲気は周囲を圧倒していて、小夜はいつもひとりだった。成績こそ優秀だけれど、先生の評判も決して良いとはいえない。
けれどそんなこと小夜には関係なかった。友人も先生の評価も、そんなものあってもなくてもどうでもいい。
なにからなにまでまるで正反対の夏夜十が、いったい自分になんの用だろうか。
眉間に皺を寄せたまま黙って夏夜十を見つめる小夜に、夏夜十が苦笑する。
「そんな怖い顔すんなよ」
「……別に、してないけど」
「うっそだぁ! 今めっちゃオレのこと睨みつけてたって!」
「…………。それで、用は? 無いならわたし帰るけど」
言って身を翻した小夜の背中に、夏夜十の声が慌てて追いかけてくる。
「わあ、待てって伏見! あの、ちょっとお願いがあるんだ」
「お願い?」
小夜は深く眉間に皺を刻みながら首を傾げた。
 孤高の小夜と人気者の夏夜十。めずらしいツーショットに、まだ教室に残っていたクラスメートたちの視線がこちらに集まり始めていた。
 早いところ会話を終わらせよう。これ以上注目を浴びるのは不愉快だった。思いながら小夜は続けて口を開く。
「お願いってなに?」
 訊ねると、目の前の夏夜十が言いにくそうに口をもごもごと動かした。
 ほんのり頬を薄く染めて、あーうーと言葉にならない音を発しながらぽりぽりと鼻の頭を掻いている。
 その様子をたっぷり五秒間眺めて、痺れをきらした小夜はもう一度言う。
「……用がないなら、ほんとうにわたしはもう帰るけど」
 多少の怒気をはらんだその声音に、夏夜十が慌てたように顔をあげた。
「わあ、待って伏見! 用ならある! 用ならあるんだ」
「だからなに?」
「その……っ」
 キッと面をあげて、決意したように唇を持ち上げる。
「今日! 暇なら部活を見に来ないか?」
「……なぜ」
 内心で絶句しながら、小夜はなんとかそれだけ口にした。
 はっきり言って意味がわからなかった。
 どうしてわざわざ夏夜十の部活を見なければいけないんだろう?
 小夜の眉間の皺がみるみる深くなる。
「あ、いや、暇ならでいいんだけど、オレけっこう野球うまいし、活躍するし、だから野球とか好きだったらどうかなーって!」
「…………」
 小夜の様子を見て、慌てたように矢継ぎ早に言葉を繰り出す夏夜十。
 小夜はしばらく無言でそれを眺めて、やがて小さくため息を零した。
「誘ってくれたのは嬉しいけど、わたしは野球に興味ないの。この後の予定があるわけじゃないけれど、それでもこの後の時間をあなたの部活見学に割こうとは思わない。だからお願いは聞けない。……もう、帰っていい?」
 淡々とそこまで言うと、紅潮していた夏夜十の顔がみるみるうちに元気をなくしていった。
 目線を下に落として、今度は気まずそうに頬を掻きながら言う。
「あ、そう……だよな。わりぃ、伏見。変なこと言って。……今度は見に来てくれよな」
「……気が向いたら」
 一生そんな日は来ないと思いつつも、この場を去るきっかけを作るためにあえて小夜はそう口にした。
 小夜のその発言を受けて、きらりと輝く夏夜十の顔。
「おう! また誘うから! ぜってぇ気を向かせて見せるぜ! じゃあな、伏見」
「ばいばい」

元気良く手を振る夏夜十に小夜はそう素っ気無く返事を返すと、今度こそ教室を後にした。
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