鬱蒼とした木々に囲まれた深い深い森の奥に、何故かそこだけぽっかりと穴が開いたように開けた草原があり、四季に合わせて大小さまざまな草花が咲き乱れる。
その中心には数えきれないほどの年数をそこで過ごし、そしてその森を見守ってきたのであろう1本の巨木が立っている。
その巨木を囲むように流れるのは、小さな泉からゆるやかな流れを伴う小川。
水流はいつでも穏やかで清廉で、渇きを癒やす。


風が森を抜け、不揃いな背丈の草花を撫でるように吹き抜けると同時に、毎年この時期に咲き乱れるピンクの小さな花を宙に舞わせた。
そんな草原の中にぴょこんと覗く、ぴんと立った真っ白な耳を見つけたのはこの森の住人である真っ黒な毛並みを持つオオカミだった。




「…おい、」




低い声に反応したのか、真っ白な耳がぴくりと動く。




「そろそろ戻るぞ」




続くその言葉に、真っ白な耳の持ち主は勇気を持って顔を上げる。
顔を上げると同時に太陽はそのオオカミに隠されて、オオカミの黒さを一層惹きたてた。




「かい、怖い」

「あぁ?」

「怖いーかい、怖いー」




そう言ってぴょこぴょこと駆け出したのは、オオカミとは比べものにならないほどの小さな真っ白いウサギ。
オオカミが一飲みできるであろうそのウサギは、面白がりながら軽快に巣穴の方へ向かっている。




「かい、怖いー」




ちらりと後ろを振り向いてもう一度同じ言葉を繰り返して、それから目指すのは巨木から少し離れた彼らの巣穴だ。




「もう一回言ったらまじで食うぞ!」




かい、と呼ばれたオオカミは一吠えして追いかけるように一歩を踏み出す。
身体の大きさもさることながら、そのスピードも数歩でウサギに追いついてしまう。
そのことを分かっているから、あえて走り出すことはしない。
それでも、この小さな真っ白いウサギから『かい、速くー』と急かされたら、あと3歩で追いつくぞなんて悪態をつきたくなってしまうのだ。



20150523






[TOPへ]
[カスタマイズ]

©フォレストページ