短いの

□茜
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今日は俗に言うバレンタインデー。
イタチ式に言うと製菓会社の陰謀の日。
かくいう私も今日はその陰謀にまんまと嵌まっているわけだが。
パタパタと学校の上履きと言う名のスリッパを鳴らしながら廊下を歩く。
自分の1番端っこの教室から真反対の端っこの教室まで、ご丁寧に包まれたチョコレートを鞄の中に携え。
バレンタインというものは恋する乙女には持ってこいのイベントだと思う。バレンタインだからという理由を付けて好意を寄せる相手に想いを告げられるのだ。どんな理由であれ普段は消極的な乙女が積極的に動けるいい機会なのだ。
私もその内の一人であり、想い人の彼の人に会いに行く途中だ。
彼の人と言うのは金色の長い髪と青い瞳を持つ全く関わりの無かった人。
何故惚れたかと言うと放課後偶然彼の在席する教室の前を通り掛かった時、一人でぽつりの机に佇む彼に魅せられたのだ。
ただ、暁色に染まった金色の髪と沈む太陽を眺める物憂い気な彼の横顔を見ただけだというのに。

今まで恋愛という恋愛をして来なかったから何が何だか分からなかった。だが、何かが突き動かされた。後日恋だと自覚し甘酸っぱい青春で胸が満たされる事になった。


もう10m先には彼の居る教室。あの日から友達に色々と相談すると彼はたいてい太陽が沈むまで教室に残っているという情報が入った。あと、敵が多いという事も。


(まぁ、あれだけ綺麗な顔してればモテるよね。)


などと考えながらさほど無い胸を高鳴らせて教室の前に立つ。扉に触れる前に感じた違和感。彼の他に誰かが居る。

扉をバレないように慎重に少しだけ開き覗き込む。覗きは悪い事だと知ってはいるが今回だけは許してほしい。好きな人の事は誰だって気になるものだ。

覗き込んだ先に映ったのはこちらに背を向けている彼と、
白く細い足を存分にさらけ出した緩い巻髪の女子。確か学年一可愛いと言われている子だ。成る程、確かに女の私から見ても可愛らしく、恥じらう姿はどんな男でもぐっとくるだろう。
ああ、あれだ。この雰囲気はあれしかない。



「あのね、デイダラ君。私貴方の事がずっと好きだったの。」



ああ、ほら当たった。私にとって最悪の事態。こんなに可愛らしい彼女が好きだと言っているのだから彼もすんなりと承諾するだろう。せめてチョコ位は渡したかったな。人生初の手作りチョコだし。
これからの彼と彼女の事を考えて、ぎゅーっと胸が痛くなった。いや、失恋するという一寸先の未来に胸が痛んだのだが。




教室内では無言だったデイダラが少し間を置いて口を開いた。



「ごめん。」



私は我が耳を疑った。今彼は短く、だがハッキリと否定の言葉を口にしたのだ。
相手の女の子は大きな瞳に涙を浮かばせている。嗚呼、可愛い子とは何をしても画になるなと場違いな事を考えた。


「どうして…どうして駄目なの?」

「オイラ他に好きな人がいるから。…だからごめん。」

「……そ…っか…。」


今にも泣き出しそうだった彼女にも動じず淡々と言葉を返すデイダラ。それを聞いた彼女は涙を零しながら彼の隣を通り抜け教室を出ようとこちらに向かってくる。
やばい、このままでは見付かってしまう!
とっさに運良く開いていた隣のクラスに駆け込み扉の陰に身を潜め息を押し殺す。廊下でパタパタと音が鳴りやがて遠ざかっていった。どうやらやり過ごしたみたいだ。肩の力を抜いて細く深く息を吐き出して目を細め、ぼんやりと天井を見つめる。築何十年の天井は薄汚れていた。


(そっか…デイダラ君には好きな人が居るのか…)


デイダラの言葉を思い出して落胆する。先程の彼女と付き合っても付き合わなくてもどちらにしても私は失恋決定だったわけだ。別に絶対に付き合いたいとかではないがあわよくば、という願望はあった。
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