長編集

□you are my …
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万事屋に帰りつくと、いそいそと夕飯の支度に取りかかる新八。そして神楽はそれにくっついてちょろちょろしている。そんな様子を見ながらふと視線を動かすと、テーブルの上には先ほどの戦利品。何ともなしにその中を覗くと、野菜やらに混じってピンク色のパックが見えた。

(あれ?いつもより多くね?)

俺が糖尿に侵されるのを心配している新八は滅多に糖分を摂らせてくれない。更に俺の盗み飲みを予測しての事なのか、普段からあまり苺牛乳を買い置きしない。それなのに今目の前にある袋には4つも入っているではないか、不思議に思ったが、まぁ新八の事だ、安かったか何かだろう、と自己完結した。

出来上がった夕飯はカレーだった。「今日はお肉が安かったんで肉入りカレーですよ!」と嬉しそうに話す新八と踊り出さんばかりに喜ぶ神楽を複雑な心境で見つめる。万事屋の極貧生活はいつもの事だが、年頃の少年少女がカレーに肉が入っている事でこんなに喜ぶのはどうなのだろう、いや、良くないだろう。
いただきます、をしながらも(明日は仕事探しに行こう)と密かに決意した銀時だった。

食後にぼんやりとテレビを見ていると、カチャリと何かがテーブルに置かれた音がした。それにつられて視線を動かせば、テーブルの上には真っ白な三角形の、ちょこんと赤い物が乗った、そう、ショートケーキのような物が置かれていた。
ついに幻覚まで見えてしまったのかと、目をゴシゴシと擦っていると、頭上から笑い声が聞こえて顔を上げる。

「ふふ、本物ですよ」
「え、あ…え?」
「安かったんで、買っちゃいました」
「マジか!」

ネックレスといい、苺牛乳といい、ショートケーキといい、今日の新八はどうしてしまったのか、母の日だと言うのに、むしろ自分達が甘やかされているような気がする。疑問を投げ掛けようと再度顔を上げたが、神楽を呼びに新八の姿は既に消えてしまっていた。そして、大好きな甘味を前に、そんな疑問もあっという間に頭から消え去ってしまった。

風呂上がりに毎日の楽しみである苺牛乳を飲んでいると、和室の方から声がかかった。

「銀さーん、押し入れから神楽ちゃんの布団と枕取ってきて下さーい」
「あー?なんで?」
「今日は川の字で寝るんですって」
「なるほどね」

面倒臭そうにガシガシと頭を描きながらも、言われた通りに運ぶと、受け取った新八がシーツをぴっと伸ばして丁寧に布団を敷いた。ぴったりと隙間無く並べられた3枚の布団に、なんだか胸の辺りがムズムズする。
並んで横になると、真ん中の神楽はあっという間に夢の世界へと旅立ってしまった。

「最後まで起きてるとか言ってたのは、どこの誰だったか」
「ふふ、はしゃぎ疲れたんですかね」
「ったく、これだからガキは」

スヤスヤと気持ち良さそうに眠る神楽の寝息を聞いていると、ふいに名前を呼ばれる。

「……銀、さん」
「んー?」
「今日、ありがとうございました」
「何言ってんだよ、結局特別な事なんて何もしてねーだろーが」
「そうですけど…」
「?」
「でも、僕今日1日、凄く楽しかったです」
「物好きな、お前」
「本当ですね、でも…」
「……」
「凄く…幸せでした」
「あっそ、…もうお前も早く寝ろよ」
「…はい」

なんだか改まってそんな事を言われると照れ臭くて、つい素っ気なく返してしまった。でも素直な新八の気持ちが嬉しくて心が暖かくなってモゾモゾと布団に潜る。

部屋は真っ暗で、神楽を挟んだ新八がどんな顔をしているのか何て分からない。

だからその時の俺は、新八が苦しそうに顔を歪めて、涙を溢していた事になんか全く気付いていなかった。



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