E047

□実験記録06
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高瀬が第一研究所へ陸を迎えに行った時、陸はぐったりと床に倒れ気絶していた。

身体中が傷だらけで、手当もされずに全身に血がこびりついている。
それを見て高瀬は一瞬息を飲んだが、何とか平静を装い口を開いた。

「…研究体に、異常はありませんか?」

「声が出なくなっているようだが、研究に支障は無いな?あるならば至急こちらから新しい実験体を用意させてもらうが」

「…いえ、支障ありません」

高瀬が陸を抱き上げると、佐山は鞭を差し出してきた。

「これで叩き起こせばいい」

「いえ…遠慮しておきます。そもそも僕は血生臭いのが苦手なんですよ。だから第二研究所にいるんです」

そう言うなり、高瀬は踵を返して第一研究所を後にした。


第二研究所に着いて高瀬は陸を風呂に入れようかと思ったが、あまりに傷が酷いのでお湯で濡らしたタオルで身体を拭うだけにした。

身体を拭い終わり一つ一つの傷口を丁寧に消毒していると、突然陸が飛び起きた。
恐怖に目を見開いて、高瀬の手を振り払うと床にうずくまりガタガタと震える。

「陸…もう大丈夫だよ。ここは第二研究所だから、ね?」

そっと背中を撫でると、陸はおずおずと顔を上げた。
以前の輝きが失われた瞳から、はらはらと大粒の涙が零れる。

「…っ……っ…」

縋り付くように伸ばされた手を首に回させて、高瀬は陸をぎゅっと抱きしめた。

「辛かったね…ごめんね、陸」

腕の中で小さくなって声も上げずに泣きじゃくる陸に、高瀬の胸はひどく締め付けられた。

白い部屋には嗚咽の代わりに、ひゅうひゅうと隙間風のような音がしていた。




それから数日して、高瀬は声が出ない以外にも陸に異常がある事に気付いた。

高瀬から離れる事を極度に恐がるようになった事だ。

すぐに戻って来る事をどれだけ言い聞かせても、陸は泣き出した。

どうしても仕上げなければならない書類があり、それを取りに行く為に数分白い部屋を空けた時の事だ。

高瀬が部屋に戻って来ると、陸はベッドの上で泣きじゃくりながら喉を掻きむしっていた。

「陸!!やめなさい!!」

慌てて陸の手首を掴むと、陸はもがき、声にならない叫びを上げながら泣き喚く。
引っ掻き傷からはじわりと血が滲んでいた。

この時陸は、己の声が出ない事に焦りを感じていた。
散々佐山に自分が欠陥品である事を言い聞かされていたのだから、無理もない話である。

陸はいつ高瀬が自分を見捨てるのか、ひどく怯えていた。
高瀬が部屋から出て行ったらもう二度と戻って来ないのではないかという不安で、泣いていたのだった。

「陸…無理に声を出す必要なんて無いんだよ」

赤子をあやすように膝の上に抱いて背中をさすれば、今度は高瀬の腕の中でしくしくと泣く。

すでに第一研究所で心身共に傷を負っているというのに、陸はそれに加えて自分自身を傷つける。
高瀬はやる瀬ない思いで唇を噛んだ。

そうしてしばらくして、陸は泣き疲れて眠ってしまった。



眠ってしまった陸をベッドに寝かせて、高瀬は白い部屋を後にする。

「陸が起きる前に、戻って来なきゃな…」

そう呟いて足を進めた先は、所長室だった。

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