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□いのちのなまえ
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高瀬が往診から帰って来ると、玄関先で陸が立ち尽くしていた。
「陸、どうしたの?」
「……セミ……」
玄関の前には、セミのなきがらが落ちていた。
「埋めてあげようね」
そう言ってぽんと肩を叩けば、陸は黙り込んだままこくりと頷いて、ガラス細工を扱うみたいにそっとセミを掌に乗せた。
庭の花壇の隅に、高瀬は手で小さな穴を掘る。シャベルは見当たらなかった。
穴の底にセミをそっと寝かせて、二人で土を被せる。
こんもりと小さな山を作って、花壇の隅にお墓が出来上がった。
陸は真剣な顔をしてその墓の前に座り込み、高瀬が"熱中症になるからそろそろ中に入りなさい"と家に引き込むまで、ずっとそうしていた。
全力で、生き物の死と向き合っているようだった。
それから何日か後に、陸は花壇の前に立ち、枯れた向日葵をじっと見つめていた。
「陸」
振り向いた陸の頬には、透明な水が伝っていた。
それを見て、高瀬ははっと息を飲む。
それはそれは、とても綺麗な、涙だった。
「…枯れ、ちゃった…」
陸は悲しげに目を伏せる。
その向日葵は、芽が出た頃から陸が毎日じょうろで水を与え続けていたものだった。
花が咲いた時の陸の弾けるような笑顔を、高瀬は今も鮮明に覚えている。
「枯れたけど、死んだわけではないんだよ」
見てごらん。
そう言って高瀬は向日葵に手を伸ばす。
それから陸の目の前に広げたその掌には、種が乗っていた。
「来年も、また会えるよ」
陸は唇を噛み締めて、こくりと頷く。
ぽたりと、向日葵の種に涙が落ちた。
いのちのなまえ
(夏が、終わる。)