短編倉庫

□千日香を貴方に
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足りないものがある。

この世に生まれ落ちた時から感じている感覚だった。
心の中に巣くう空洞と言えば良いのか。
兎に角、何かが足りない。自分には、決定的に何かが足りないのだ。
必ず自分の傍に在る当り前の物が無い。
それがどの様なモノかも思い出せないのに、それは酷く己の中に根を張っていて、この空虚は日に日に大きさを増し、気が狂うようだった。
精神の崩壊。まるで物質を持たない心というものが、引き裂かれて散り散りになったかのような苦痛。
これが何なのかも分からない。しかし、この世に生を受けた時から感じる事なのであるから、それはきっと己には必要不可欠なモノであって、必ず傍になくてはならない物なのだろう。しかし、その肝心な"何か"が分からない。焦燥感だけが内心に募り酷い苛立ちとが身の内でせめぎ合う。

それが"如何様な物"なのか分かりもしないで。


(戦という言葉がテレビの画面越しでしか耳にすることがなくなった時代のとある国。食う物に困ることのない飽食の時代。人との繋がりが薄れると感じるほどIT技術が発達した時代)




そんな時代に、三成は居る。

生まれた時から三成という子供は不思議な男児であった。物心ついた時から何かを探している、そんな子供。

「アイツは何処だ」と、何時も誰かを探していた。三成の両親は「アイツ」を最近通うようになった幼稚園でできた友人だと思っていたのだが、よくよく詳細を聞いていると、どうにも三成が通っている幼稚園の園児では無いらしい。では近所の子供か誰かなのか。三成は人見知りをする子供であったから、そんな三成が始終探し回る「アイツ」という人間に対して両親は大層興味を持った。それに愛息子が会いたい会いたいと涙目になってうろうろと探し回る様な状態であったから。それとなく周囲を三成に倣って探す様になったのだけれど、どうにも三成自身も「アイツ」という人に対して明確な認識や記憶がある訳では無いらしく、ただ「誰か」が自分の隣にいないことに酷い焦燥と苛立ちを感じているようだった。探した所で一向に見つかる気配も無い。
影も形も無い三成の探し人。時を追う毎に両親の中で膨らんで行くのは、実態の見えない人間に対する気味の悪さと、実在するのかも分からない人間を探す三成に対しての不安だった。
どうすることも、どうしてやることもできなくて、三成の両親は幼い三成に言い聞かせた。

「そんな人は居ないのだから、忘れないさい」

と。
親とすれば当たり前の事を。三成にしてみれば残酷な事を。





けれど、その三成の妙な言動を笑ったら馬鹿にしたり、訝しがったりしない人が、三成が小学校3年生になった時に現れた。その人たちは高校生で、三成が「アイツ」を探し回りながら途中で疲れ果てて道端でしゃがみこんでいた時に出会った人たちだった。銀の髪に菫色の瞳の何処か儚げな麗人と、山の様に立派な体躯をした男性と、車椅子に乗って全身を布で覆った男という珍妙な組み合わせの青年たちだった。
人見知りが激しい筈なのに、何故かこの三人に対して警戒心や不信感を抱くことが無くて、次第に懐き、盲信の域に達するまで心酔するようになった。
そんな三成の頭を撫でながら、彼等は言ったのだ。


「君は相変わらず、その魂は君のままなのだね」と。


どういう意味か分からなかったけれど、三成が探し求める正体の分からない「アイツ」を否定することはしなくて、寧ろ君が求め続けるのならば探さなければいけない、と背を押してくれた。きっと「アイツ」も君を探しているよ。
でも「アイツ」はとても遠慮深くて慎重な男だから、きっと三成を見つけても「アイツ」から声をかけて来ることは無いだろう。だから、三成が彼を見つけてあげなければいけないのだ。と、彼等は苦笑交じりに言った。その苦さの中に微かな温かさを滲ませて、まるで仕方が無い、放っておけない末の弟を見るみたいな眼差しだった。





だから、三成は探し続ける決心をした。三成は間違っていない。間違っていないのだ。探してやらねば、傍に居てやらねば、そうしなければアイツは霞みたいに消えて二度と三成の前に現れないという確信があった。顔も知らない、会った事も無い、只の赤の他人の筈なのに。どうしようもなく求めていた。生まれた時から感じる心の空虚を埋める誰かを。大切な三人の青年達では埋まることの無い、細い隙間風を吹かす小さな空虚。その穴を塞ぎたかった。そうしなければいけない。穴が空いていると感じているということは、昔其処は埋まっていたのだ。つまりアイツは三成の傍に居た訳で、でも今は居ない。今度は三成がアイツの傍にいなければならないのだという妙な確信と使命感が、三成の中には存在していた。不思議だ。赤の他人の筈なのに。けどれ傍にいなければいけないということは事実であって、それは確信の通り三成の傍にいるべきであり、居なければならない存在なのだ。何故そいつは三成の事を探し出してくれないのだろう。三成はこんなに探しているのに。

もしかしたらアイツは三成の事を探していないのかもしれない。けれど、恩師達は揃って探していると断言する。ならば三成の事を探しているに違いないのだ。
でも、アイツから三成に接触してくることは無い。ならば、"今度は"三成の方からアイツを見つけ出してやらねばならない。何故"今度は"と思い至ったのかは分からなかったが瑣末なことだ。兎に角見つけ出して二度と傍から離さなければ良いのだから。そしなければ、己の中の保ちきれていない均衡が、更に醜悪に歪む様な錯覚に陥った。
傍に在らねばならぬ者なのだ。己と一心一体の、"全ての共有"を許し、隣に在る事が当たり前の存在。

どうして、私の傍に居ないのだ、「  」。


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