短編倉庫

□千日香を貴方に
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そうやって探し続けて早幾数年。
三成は小学校6年生になった。
相変わらずアイツは影も形も三成の視界に入らなかった。もしかしたら両親の言う通りアイツはこの世界に存在しない三成の頭の中に巣くう妄想なのかもしれない、という一抹の不安が胸中に暗雲を齎す様になった。その度に泣きたくなって、でも涙は出てこない。涙を押し留めている堰が決壊することはついぞ無い。

不安になって、どうしようもなくなって。幼馴染の腐れ縁の、太陽の様に笑う少年が顔を曇らせて何も言わずに傍に居る様な日も増えた。大抵この他人を引きつけてやまず、人との縁や絆を一等慈しんでいる少年が三成の傍に居る時は、三成の精神が不安定になり荒らんで、どうにもこうにも一人きりでは消化しきれない時だった。
まるでそうなった状態の三成の傍に居ることが、己の義務であるかのような、贖罪の様な、そんな苦さを含んだ似合わない笑みを浮かべてじっと隣に居る。
数え切れ無い程この腐れ縁の幼馴染に対し八当たりをした。理不尽な理由も多かった様に思う。三成と同年代の普通の子供ならば、泣き叫んで三成とは一生縁を切りそうな暴言を吐いたことも多々あった。
実際三成の知り合いは少ない。友人はもっと少ない。三成の周囲は、三成よりも年上の人間ばかりだった。三成より下の人間は片手で数えるに十分な程だったし、年上の知り合いは皆最低でも5つは離れていた。同年の知り合いはこの腐れ縁の幼馴染しかいない。生まれた時から縁の続くこの幼馴染は、どんな過失を三成が犯したとしても決して三成を見捨てようとしなかった。懐の広い大らかな人柄であることは重々承知しているのに、何故かこのキラキラと輝く笑顔を見ると腹が立つ。幼馴染の人の良さも知っていたし、三成が一方的に迷惑をかけていることも理解していたので、この消化しきれない感情に酷い罪悪感を抱く事も常だ。




アイツは居るのだ。居る筈なのだ。だってあの方々も仰っていたではないか。きっと何処かに居るから、探してやれと。
三成が探さなければ誰が探すというのだろう。誰が傍に居るというのだろう。三成の周りには少々変わってはいるけれど何かと三成に世話を焼く同年や年上の奴らが結構居て、何だかんだ賑やかに過ごしている。けれど、アイツはきっと一人だ。何故そう言い切れるのかと問われれば閉口してしまうが、一人きりで沈黙を貫き、静寂の中に身を潜めて居るという妙な確信があった。今度は三成から手を伸ばさなければ。伸ばしたいのだ。その明確な理由も分からぬまま、只求めて止まない誰かが三成には居る。それだけで理由は十分だ。だから例え己の頭と精神が正常であるのかと不安になる夜を幾度過ごそうとも、次の日にはそれを振り切って又探しに出かける。
知りもしないアイツを探して。
己の心に吹き入れる隙間風が止むように。











その日雪が降っていた。
都心にしては珍しく、数センチ積もるほどの降雪量で、朝から降り続く白色は、夕方になっても尚群青色と黄昏色の混じり合う空から舞い落ちていた。
白いダッフルコートに藤色のマフラーをぐるぐると首に巻いて、肌が切れそうなほどの寒風に頬を晒して家路を急ぐ。
母は男の子なのだから、と暗色に近い青や緑、黒の服を与えようとするが、三成は黒は素直に身に付けても青や緑を着ようとしなかった。そもそも服や玩具に強い興味関心や拘りを持たない子供であったが、何か選ぶと必ず白や薄紫を手に取る傾向がある。黒に関して言うと、何故か心臓を締め付けられるような切なさと懐かしさを抱いた。
祖父の実家に在った黒檀のデスクに異様な執着を覚えた事もある。普段全く物を欲しがらない三成が、黒檀の年季の入ったデスクの前に座り込んで飽きもせず見入っているものだから、祖父は微苦笑を浮かべて三成の小さな頭を撫でながら、大きくなったら譲ってくれると約束してくれた。黒曜石や黒真珠、墨色、濡れ羽色。黒に関する色彩は数多あれど、強い関心をを寄せる黒色というと、何故か黒檀だった。堅く緻密で、真黒色で、磨くと美しい光沢を示す。酷い即視感を覚え、頭の奥が焼ける様に熱くなる。
強烈で鮮烈な、じくじくと心臓を焼く様な愛着を覚える。その後に、己の中の空洞を思い至り、心臓が軋んで内心慟哭する。
黒は温かさであり同時に鬼門であった。三成を決して突き離さず見捨てない導く何かが、三成を見捨てた様な錯覚を覚え、寂寥に喘ぐ。


ふぅ、と吐き出した吐息の色は白く色づき、白色の煙は薄らと宙に溶けて消えた。視界に映る雪と白い煙。ふと視線を降ろせば"以前"と比べて近い位置に地面があり、新雪が積もり続けている。一体己は何時と比べているのであろうか。自分は只の12歳の子供である筈なのに。もっと幼い頃に肩車でもされて遠い位置から地面を見下ろしたことがあったのだろうか。・・・違う。そうじゃない。雪を眺める自分の隣に、明確に思い出せない不鮮明な黒い影が居た筈だ。顔も声も分からないけれど、其処に誰かが居るのは分かる。知りもしない相手だ。なのにあの黒い影が三成の隣に居るのを当り前の事だと感じていて、傍らに在る事に安堵と安寧と安らぎを覚えていた。
この感情が果たして三成自身の感情であるのかも、最近分からなくなってきている。他人の感情が何かの拍子に自分の中に紛れ込み、流れ込んで、自身の感情であると錯覚しているだけなのではないかと。






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