短編倉庫

□千日香を貴方に
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薄暗い家路をとぼとぼと一人で歩く。家の方向が同じなので何時も共に帰る腐れ縁の幼馴染は、部活動や教員への用事やらで、今日は遅いのだと言うから久方ぶりの一人での帰路だった。三成の周囲の人間、特に腐れ縁の幼馴染は三成を一人きりにしないように心がけ、気を配っている様に感じさせる行動をとる事が間々あったので、少し慣れない。どちらかというと三成は一人を好むし、大勢の人間と一緒になって遊ぶことや集団行動が相に合わない。一匹狼気質であったし、静寂を好む傾向がある。
けれど、一人を好む筈なのに、何かが足りないと常に感じている。心の空洞。早く埋めたい、と頭の隅で何時も誰かが心を引き裂く様な非嘆を叫ぶ。
そうやって埋めようもない悲しみに苛まれ蹲り、助けを求める様に虚空へ手を伸ばすのが、三成自身なのか他人なのか分からなくなるほど、三成は"独り"だった。

どうして手を握ってくれないのだろう。
どうして手を引いてくれないのだろう。
どうして包み込んでくれないのだろう。

誰かに手を差し出される度に浮かび上がる疑問だった。父や母、尊敬してやまない方々に手をひかれ導かれても尚、"これは違う"と理由も分からず感情が否定を告げる。


サク、サク、と足を踏み出す度に新雪を踏みしめる音が静寂によく響く。三成の使う通学路は自動車や人の往来が少ない。帰宅ラッシュの時刻とずれているせいか、今日は何時にも増して人通りが無く何処か見慣れない道を歩いているようだった。遠くから大型トラックの路面を走る騒音が微かに耳に流れて来るが、それだけだ。
物悲しくすらある帰路は、普段から心中に蟠る三成の孤独を刺激した。静かな場所は、好きな筈なのに。けれど、三成の好きな静寂は、今の様な冷たい静けさでは無い。
三成の愛した静寂は、孤独を浮き立たせるものでは無かった筈だ。足りない。足りない。足りない。

段々と重くなる足取りが、やがて完全に歩みを止める。何時も隣で、何かから意識を逸らさせようとするかのように、どうでもいい些細な事をずっと喋り続ける幼馴染がいない。何処からともなく現れては、鬱陶しがる三成を構い倒していく年上の知り合い達も居無い。道を通る赤の他人も居無い。家に帰れば敬愛する父と母が居るが、何時も世界は色褪せて見える。

俯いた視界をチラチラと横切る白色を睨みつけてから、三成は踵を返して何時も通る帰路から外れ、目的の場所へ急くように向かった。







三成は物心ついた時から体を動かす事も本を読むことも好きだった。それと同時に、季節の花々や鳥や野良猫や、何気ない景色をじっと見つめていることが多い子供でもあった。小さい子供なのだから犬猫の類に興味を惹かれて見入るのはよくあることだが、男児が花に興味を持つことは一般的には珍しい。
両親や年上の知り合いたちは不思議がった。三成も特別花や動物が好きだった訳ではない。見ていて心癒されたり興味を抱く訳でも無い。只目が逸らせなくなる事がある。
ぼんやりと眺めていれば、そんな三成を引き戻す様に声をかけて来る"誰か"が現れる様な気がするのだ。

最初訝しがっていた知り合いたちは、何かあったかは知らないが、示し合わせたように同時期から、三成の行動に対する視線を訝しげなものから痛ましげなものに変えていた。三成が立ち止まって何か見ていても、先を急かす訳でも無く一緒に立ち止まり、三成が現実に戻ってくるのをじっと辛抱強く待つようになった。
右目に眼帯をあてた青年と左頬に傷がある男性が、三成を神社仏閣の庭園によく連れていくようになった。
赤色を好む溌剌とした青年と橙色の髪をした青年が、動物園や公園に連れ出す様になった。体を布で覆った青年と枕香茶の髪色の物静かな青年と、図書館に行くようになった。
恩師二人と一緒に遠出したこともあった。幼馴染も何かと三成と行動を共にする。何時も三成の隣には人が居て、何故こんな事をするのかとじっと見上げる三成の小さな頭を撫でるのだ。けれど三成は、隣に居る誰かから意識がよく逸れる。何時も何かを探している。誰もそれを咎めない。三成のやりたいようにさせ、見守っている。

三成は基本的に無駄なことが嫌いだ。無駄話も何にも費やさない空白の時間も、遠回りにしか思えない物事の過程も嫌いだ。
なのにこうやって無造作に探索に費やす時間は、嫌悪を感じない。嫌悪を感じる余裕が無いのかもしれない。何か切迫したような、言い様も無い焦りを感じる。




向かった先は、帰路から少し離れた場所に在る昔ながらの家が立ち並ぶ住宅街。昔から其処に存在するのか、住宅街の中に忽然と梅林の広がる敷地があったり、土管が無造作に積み上げられた小さな空き地があったり、砂利の敷き詰められた椿の咲く行き止まりの脇道があったり、一本だけ桜とイチョウと紅葉の古木が植わっていたり小さな稲荷があったり、古いものがごちゃごちゃと無造作に箱の中に詰め込まれた様な、色々な物が混在する不思議な一角。

この区域に入り込むと、普段三成が生活する区域と全く別の空気が流れている様な錯覚に陥る。迷路の様な小道、竹林、椿の生け垣、躑躅や紫陽花の群生。

一昔前のこの国を彷彿とさせる木造建築の古い住宅街は、何故か"在るべき場所に帰って来た"様な、不思議な感覚を覚える。ノスタルジア。生まれ育った土地では無いのに何故か郷憂の念に駆られる。懐かしいとは感じさせる。此処に来ると自然と息が出来るようになる。まるで住み慣れた場所・区域・自宅近辺が三成にとっては異郷で、この時間の流れが停滞した様にゆったりと流れる古の空間が故郷の様な。

不思議な区画だった。確かに人は住んでいるのに、昼間でも人の気配を殆ど感じさせず、ひっそりと静まり返った区域のせいなのかもしれない。静寂と物悲しさと古さと懐かしさと微かな温もりが停滞する、時の止まった区画。三成を幼い頃から惹きつけて止まなかった。一人ふらりと度々足を運ぶ。何かに呼ばれている様な気がするのだ。呼ばれている気がするだけで、実際足を運んでみてもこの区画の住人に稀に遭遇するだけだった。偶々出会った住人は皆歳のいった老人ばかりで、若者の姿を見たことは無い。昔からこの土地に住み、開墾してきた人々の末裔なのだろうか。

時折すれ違う人々の視線を気にすることなく、三成の思うがままに道を早歩きで進んで行く。何処に行くのか明確に決まっているわけではないのだが、何か、磁石や何かで引き寄せられているかのような、自然と足が歩む方向へと三成は進んで行った。


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