短編倉庫

□終点から始点へ
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それは終着点の初めから見えた恋だった。太刀打ちできる筈も、太刀打ちする気すらもなくなってしまうような、完璧なその完成された空間の中に今更飛び込んでいく勇気も、何もなかった。最初から終わっていた。好きになった時点でもう終わりなど等の昔に見えていたのに、それでも俺は恋をしてしまった。恋とはなんとも理不尽で横暴だ。本人の意見なんて聞きもしないで心の中でどんどん進行していくのだ。
寧ろ俺はその人自身に対して恋をしているのか、その初めて心にときめきとやらを感じた時に始まっていたのか、よくわかっていない。何も分からない。でもその人を見ると胸が苦しくなったり心臓が止まりそうになったり息が詰まって時間が止まるような感覚の中に放り込まれるのだから、多分この感情はそれで合っているのだろう。

何の彩りのない平坦な毎日であった、旦那や独眼竜や鬼の旦那なんかが傍にいたけれど、それも結構刺激的ではあったのだけれど。それとはもっと違う、何かが足りない。
視界の色彩が何だか褪せて見えるような感覚。不思議で倦怠感を誘う日常だった。楽しくなかったといえば嘘になる。でも何か、俺の中で足りない事でもあったんだろう。それがどういうものなのか明確な事さえ分かっていないのに、何かが足りないとだけ感じていたのだ。



そう、それは終わりの見えた恋。初めて彼に出会ったのは校内で死角になる裏庭で。彼が好きな女の子に告白をして付き合うこととなった馴れ初めの経緯を除き見てしまったことから始まったのだ。これは決して故意ではない、偶々その場に居合わせただけだ。
多分その時なのだろう。彼の彼女に向ける、普段教室で浮かべられる事のない、ふわふわに溶けて甘そうな、優しく愛おしげに彼女を見つめる表情と視線と、甘く低い声音を耳にしてしまった、その時から。
その彼の表情で俺は一目ぼれをしてしまったのだ。好きになった相手が、しかも告白現場で成功している場所で落ちるなんて自分どうなんだ、とか考えなかったわけがない。けれど、その穏やかな眼差しが、優しく髪を梳き、照れたようにそっと手を繋いでいる様を見るたびに、胸がほっこりと温かくなるようなふわふわとした気持ちと、どろどろと冷たい底の見えない感情の板挟みになった。これはいわゆる嫉妬とかいうやつだろう。
俺が見たい表情は俺はさせてあげられない。そもそも男同士、今は仲が良い友人でもそんな事を告白したら、彼は優しいから丁寧に気づ付かないように俺をふるんだろう。そう、ふってくれるくらいがいいのかもしれない。でも彼との友達であるというラインに甘えられた関係は酷く抜けがたく甘い。

何日も見続けていると、俺の気持ちを言うべきではないなんて早々に分かるもので。そしてもう一つ分かった事があった。
俺は彼自身が好きなのか。勿論好きであるけれど、もしかしたら俺は恋をしている彼が好きなのかもしれない。その相手が俺自身であったなら最高だけれど、結局初めて彼に恋をした経緯を思い返せば、誰かを思い、誰かを慈しんでいた彼なのだから、俺は恋をして甘やかな、蕩ける様な表情を彼女に向ける彼が好きなのだ。でも彼の傍には行きたい。見たいくせに、そんな彼に惚れたくせにそれを見ると心臓が切り裂かれるような酷い痛みを感じる。矛盾だ。俺は何がしたいんだろうね。
優しい表情が、ふと覗かせるあどけない仕草が、艶やかさを乗せた微苦笑が、全てが好き。それが俺に向けられたものでなくても、多分俺は悲しいけれどそれでいいのだ。だって俺は誰かに恋する彼に恋をしたんだから。


きっと堂々巡りなのだ。何回考えても同じ結論にたどり着くし、深く考えようとすればきっと俺の心臓がパンクしてしまう。そうやっていたら友人に怒られてしまったけれど、この空間を崩すくらいなら、苦しいままでいいんじゃないかって、そんな弱気なこと考えた。
ほら、君が笑いかけてくる。それは彼女に笑いかける様な甘くてふわふわとした、ものではないけれど、俺が見たくて欲しくて仕方のないものではないけれど、俺はこれ以上高望みをして今の関係を崩してしまう事の方が怖い。だって俺には最初から勝算がないじゃないか。それで勝負に出るほど俺は自信家でもうぬぼれ屋でもないのだ。
多分これからずっと、見守るだけ。遠くから、彼と彼女が幸せになるのを見ているだけの関係。苦しくっても、それで今のままの関係が崩れなくて、彼が幸せであるのならいいかなぁ、なんて。随分と消極的な考え方をして、らしくないなんて言われて。
でもね、本当に、どんな形であれ、俺は彼が好きだということに変わりはないんだ。

だから、どうか。
遠くからひっそりと、君の幸せを願い、時々笑いかけて名前を呼んでくれるだけの関係だけでいいから、だから。





終点から始点へ
(所詮それは自己満足)
 

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