短編倉庫

□小太郎シリーズ拍手ログ
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恋と分からず恋をしました。

愛と分からず愛しました。

初恋というにはほろ苦く、恋というには不確かで、愛というには不透明でした。

それが本当に恋慕という感情であったのか定かではありません。それは余りにも捻れ、曲がり角を何度も曲がり、幾重にも重なる螺旋を登り続ける不確かな道筋であったからです。

けれども未だに斜陽する事なく、日の光がじりじりと肌を焼く様な、僅かな甘さと痺れ、苦しさと切なさ、心臓を焦がす何かは確かにこの体に息づいています。
忘却の彼方に捨て去られる事も無く、日常的にその微かな痛みに苛まれ、ふと水面に波紋が美しく円を描く様に浮上し、名前の付けがたい感情は確かに肺を拘束し、息を殺すのです。
じっと耳鳴りがする耳朶を塞げば貴方の低い声音が鼓膜を侵し、目を閉じれば貴方の眼差しや面が脳裏をよぎり、ふと香った香水の香りが再生されます。
しかし最後に浮かぶのは、どこか恍惚と宙を見つめ、死への旅路の時を貴方に固定された少女達の美しい白磁でした。
貴方に何かしらの思いを抱いていたのは確かです。
しかし今も脳裏に、瞼の裏に、こびり付いて離れないものが、本当に貴方であったのか、分からなくなります。貴方の少し骨ばった青白い大きな手が、旅立つ魂が出ずる瞬間を固定され、永遠を手にした少女の雪花の滑らかな肌を丁寧に撫で、フィルム越しに観察し、独特の油の臭いが充満した暗い部屋の中で無心に筆を走らせていた事も、よくよく覚えています。


未だに貴方に抱いたのか、その動かず物言わぬ少女達に抱いたのかも理解できては、いません。

しかし確かに、蒸し暑い気温の中、じっとりと汗ばんだ部屋で、貴方の言葉と、私の声無き声は交錯していた筈なのです。


それは、暑い、暑い、夏の事でした。思考を鈍らせる熱、それが体の中にまで浸食し、未だに享受し続けている、不思議な夏の出会いでした。
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