短編倉庫

□小太郎シリーズ拍手ログ
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私が初めて貴方に会ったのは、夏休み間近の日曜日の午後であったと思います。正確には貴方自身に会った訳ではありませんでしたが、貴方が指先を這わせ、何かしらの思いと歪んだ愛が微かな後を残す、美しくも背筋の凍る媒介を通して貴方と出会ったのです。

それは暑い暑い、日差しが地上を焼け付くそうとしているかに思える程に肌に強く、風も吹かぬじっとりと熱した空気が地面に沈殿し這う日でした。

友人達の誘いを断り、私は一人幾つかの駅を乗り継ぎ、小さな店がぽつぽつと点在する瀟洒な街に足を伸ばしていました。

この世に産み落とされた時分より産声を上げず、又その後も喉を震わせ音を発する事を知らずに人生を歩む私は、どちらかというと内向的で人付き合いも上手では無く、室内で一人遊びをする事を覚えました。そんな私ではありましたが、特殊な私を嫌煙することをせず、快く手を伸ばしてくれた数少ない気心の知れた何人かの友人が居りましたので、特に孤独を感じる事は、幸福な事にありませんでした。

そんな恵まれた私でしたが、やはり一人で過ごす時間というものを手放す事は無く、こうやって一人少し遠い街に足を延ばし、特に何か予定を立てる訳でもなく散策するのが常でした。

今日訪れた街は私が好んでこれまで幾度も足を運んだ街でした。少しレトロなベージュや茶が主に街並みの色彩を形成し、煉瓦造りの建築も臨む事の出来る、四季で色付く街路樹の美しい街です。

小さな個人店や個展が街の所々に点在する以外、何か特別発展している街ではありませんでしたが、街の空気は常に静かにたゆたい、人々の行き交う数も疎らな、私好みの街でした。もしも人々に賞賛され、どっと人が溢れてしまったなら、私はこの街に興味を失ってしまっていたでしょう。


一つ大通りから外れ裏通りに足を踏み入れると、元々人通りの少ない街は、途端に住民が消え失せたかの様な錯覚に陥る程の静けさに包まれます。擦れ違う人のいない細い道を宛も無く歩いていると、永久に出口に辿り着かない迷路を進む気分になり、どこか閉鎖的な古めかしい空間に、息を止めてしまいそうになるのでした。

今日はどの道に入ろうか、とぼんやりと思案しつつ、気紛れに道を曲がり、自ら迷宮染みた世界へ踏み込んで行きました。

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