短編倉庫

□小太郎シリーズ拍手ログ
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閑静な住宅街。どの家も門を閉ざし澄まして立ち並ぶ中、一つだけぽっかりと口を開けた建物がありました。
私は興味心を刺激され、ゆっくりと歩み寄り、やがてその前で立ち止まります。

その建物は、二回建ての小さなビルを思わせましたが、人工物染みた灰色より更にくすみ、のっぺりとした顔をして、この閑静な住宅街の中では明らかに浮いた存在でした。
少し迫り出した二階部分で踊り場にはくっきりとした黒い影が差し、抉る様に口を開けた一階から、二階に続く狭く急な階段が延びています。

一階に窓はありません。しかし踊り場の両脇に地下に続く扉を思わせる重い鉄の扉が黙して鎮座し、廃墟を思わせました。そう、そこだけ、この二階建ての小さなビルだけが、どこか退廃的であったのです。
二階は道に面した壁が全面ガラスの様でしたが、隙間無く厚いカーテンに覆われて中を覗く事は出来そうにありません。

いったい此処は何なのだろう。小さく首を傾げた私は、ふと下に視線を落とし、ようやくこの不可思議な建物が何であるのかを知ったのです。

それは小さな看板でした。腰よりも低い位置では気付かない人が多いでしょう。

少し細長い筆記体でこの館の名前が書かれていましたが、薄れた文字は判別が付き難く、古い物であるようでした。

どうやら個展を開催する際貸し出される建物であり、現在誰かが展示を行っている様でした。

こんな辺鄙な場所に借りるなんて。そしてまるで人を呼び込む気が見受けられない様相に、私は何故か同感し、二階へ続く階段に足をかけたのです。
誰かの作り出すそれぞれの個性的な世界に迷い込み、肺を浸食される感覚が好ましく、独創性豊かな感性の扉を叩き、開く時の胸のときめきは、何にも代え難い喜びです。

今度はいったいどんな世界が目の前に広がるのだろう。
小さな期待を胸に抱き、私は階段を登りきりました。其処もまた小さな踊り場で、右手、前方、左手、その横斜め後ろに、それぞれ扉があり、どれも閉ざされていましたが、向かって右側の扉だけが曇りガラスで中の様子が少し覗ける様になっており、薄らぼんやりと橙の明かりが漏れていました。

受付がどこにあるのか、何処にも記されていませんでしたが、取り敢えず明かりの見える右手の扉を開けてみることにしました。


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