短編


□俺と松潤
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「翔くん」


誰もいない二人だけの楽屋。


仲は決して悪いわけではない。むしろお互いに気遣い、思いやっているのはわかっている。


だけど、ぎこちない。


俺と松潤。


ネットを開けば、蜜月期だ氷河期だと、よくもまぁ他人様が俺たちのことを知っているかのように書き立てている。


実際、その仮説や分析力には驚かされるものもあるが、俺たちのことは俺たちにしかわからない。


いや、本当は俺たちにもわからないんだ。どう接したらいいのか。わからないからぎこちないんだ。


読みかけの新聞を下ろし、松潤の方に目を向ける。


「ちょっと聞いてもいい?」


「なに」


真剣な面持ちで近づいてくる松潤はもちろん大真面目なんだろうけど


なんでこんなに睫毛が長いんだ、こいつ。


二重瞼が綺麗すぎて、シャープな顎のラインが一層美しさを引き立てている。


なんて心の中で思ったりして。


男が男に対して「綺麗」という形容詞を用いることがあるんだろうか。


もし俺がそれを使うとしたら、それは松潤だけだ。


松潤はまだ二言しか発していない。


『翔くん。ちょっと聞いてもいい?』だけだ。


それなのにこれだけの心の呟きが生まれる。


俺は何を意識しているんだろうか。


「いま、付き合ってる人とかいる?」


その手の話か。


「いないけど」


松潤は俺の言葉を聞いて「そう」とだけ返した。


「それがどうした?」


「いや…」


口ごもる松潤。その先は百人一首のように下の句を俺が導き出さないといけないのか?


「もしかして…」


言って気付く。松潤の云わんとせんことに。


松潤も俺の言葉を待っているかのように押し黙っている。


「結婚…したいとか…?」


一瞬動揺した表情を見逃さなかった。


「マジ?」


松潤は少し焦った様子で笑いながら言う。


「例えばの話だよ」


例えばもクソもあるか。


真面目なお前がそんなことを軽々しく口にするはずがない。


心当りはある。記事自体は小さいが週刊誌に載ることがあった。


超大物芸能人、結婚秒読み。ビッグカップルゴールインか。そんな感じの見出しだったと記憶している。


メンバーにも公にはしていないが相手の検討は大体つく。


「まだ時期ではないと思うよ、俺は」


本心をそのまま伝えた。


これは俺が嵐であることの意味を考え、考え抜いて出した答えだ。


人気が出るに連れファンが増え、収入や任される仕事が大きくなればなるほど


嵐であることの意味と背負う責任の重さを否応なしに考えさせられてきた。


俺たちは多くの人を笑顔にできる仕事をしている。


それは誰もができることではなくて


たまたま、幾つもの偶然や必然が重なり、今の嵐フィーバーがあるのだけれど


俺は選ばれたと思っている。


俺たちは選ばれし5人なのだ。


「だよね、ちょっと聞いてみただけだから」


そう言って松潤は小さく笑った。


「俺たちはさ、俺たちと、スタッフと、大勢のファンの夢を背負ってるんだよ」


松潤はそんなことは至極承知だと何度も頷いた。


「たまたまその夢をさ、表でやらせてもらっているのが俺たちなんだって、こんな話前にもしたよな」


「したね」


「それでもって松潤が言うなら、俺は祝福するし、応援するよ」


これもまた本心で、俺の決意とメンバーの生き方は必ずしも同じではない。


「ありがとう。しないよ結婚なんて。ちょっと聞いてみただけだから」


何度も同じ言葉を繰り返す松潤。


「俺だって…いつかはしたいよ、結婚。」


「翔くんしたいの?」


「当たり前だろ。人並みにね、孫も見せてやりたいし」


「だよね〜」


いつもの笑顔が戻る。その顔を見て思わずクサイ台詞を吐いてしまった。


「俺たちは運命共同体なんだろ?」


「それ、道明寺」


フッと笑う松潤にダメ押しをする。


「苦しみ、悲しみは1/5。喜びは5倍だ」


「完全パクりじゃん」


笑顔が光るってこういうこと。お前はなんでそんなにキラキラしてんだよ。


「松潤が女の子だったらな〜」


「好きになってくれる?」


思わぬ反応に心臓が跳ね上がる。


「好きもなにも、絶対手放さないよ。即求婚」


今日一番の笑顔を見せた松潤は言った。


「マジで!超嬉しい」


話をして気付いた。


取っ掛かりはぎこちないけど、話を始めれば昔のようにキャッチボールができる、自然に。


いつしか松潤は俺よりも背が高くなり、男らしく変貌を遂げた。


いつも俺の後ろを追いかけていた小さな天使はいつの間にか俺のレールを外れ、隣のレールを猛スピードで駆け抜けていった。


そのスピードがあまりにも早くて…


俺は戸惑ったんだ。


そしてぐんぐん前をいくアイツに嫉妬して焦った。


いつも傍にいたから。


それがずっと続くと思っていたから…。


長い年月をかけて俺たちはお互いに色々なことを経験し、成長した。


そして今がある。


俺と松潤は個々のレールを走りながら同じ夢に向かって進んでいる。


70歳になってもライヴをやるんだ。ジジイになっても構成できるのか?踊れるのか?少し笑えるけど夢はでっかい。


ずっと共に。


そんなことは口にしない。


言わなくたってわかっているから。


end.

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