お題企画
□01.尾行 井浦秀
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最近隣の席の田中がソワソワと落ち着きがない。
特に深い関わりもないただのクラスメイトだが、昼休みになると教室を飛び出してどこかへ行く。
昨日も彼は昼休みに消えて、授業が始まる2分前には何もなかったような顔で戻って来た。
「ねね、田中!」
「ん?なに井浦」
「あのさ、お前いつも昼休みにどこ行ってんの?」
「えっ!?えーと、…あ、購買だよ」
「今ちょっと考えただろ!!ぜってー嘘だ!!!」
「考えてねーよ!てか声でけーよ!」
「声でかいとなにか悪いんですか!!!?」
「うるせえよ!」
というわけで、まともな回答が得られなかったので今日の俺は探偵です。
田中が何を隠しているのか、こっそり後を追いかけてみようと思います。
人気のない非常階段の下へとまっすぐ来た田中は、しゃがんで立ち入り禁止の扉の下で何やらゴソゴソしだした。
かと思えば、パコンと軽い音を立てて薄い扉の下半分が内側に開いたのだ。
彼はなんとも手慣れた様子でその扉の下をくぐり抜けて、静かに扉を閉めて行った。
いつの間に扉に細工したのか、田中はそんな技術を持っていたのかという疑問は置いといて、これにワクワクしないほど大人になったつもりはない!
興奮を必死で押さえつけながら自分も扉の下をくぐり、そろそろと非常階段を上っていく。
「なんだよ」
「ヒッ!」
一つ上の踊り場から突然田中の声が聞こえて、声をあげてビビってしまった。
しかしそれは自分に向けられたものではないと気付き、やってしまったと後悔する。今の声で確実にバレた。
「…誰かいんの?」
踊り場から姿を表した田中は俺を見ると少し目を丸くしたが、安心したように胸を撫で下ろした。
「なんだ、井浦じゃん」
「ごめん!着いてきちゃったー」
「先生かと思った」
「えへへー…」
怒られていないと判断し、田中に近づく。すると弱めに制止された。
「井浦、動物平気?」
「えっ動物兵器?」
「ちげーよ。えっと、鳥」
「平気だけど? 鳩?」
「んーん…」
曖昧な返事を返された。一体なんなんだ。
少し田中を押し退けて踊り場の奥を覗くと、そこには大きな黒い塊。
「カラスゥ!!」
「声でかいってだから。そこの巣が壊れてたから、直したら懐かれちゃって」
艶の良い黒い羽を上品に仕舞って、静かに佇むのは一羽のカラスだ。わりとでかい。
階段の隅にハンガー等で作られた巣。人の手で補強された様子もあった。
「猫とかならまだしも、カラスってあんまし良い印象ないじゃん。だから誰にも言わなかったんだよ」
「へぇー…」
「でもこないだ、お礼か知らんがビー玉持って来てくれた」
「光り物好きだもんね」
「そう。だからといって俺も好きなわけではないんだけど、お利口だろ?こいつはあんまり鳴かねーし」
そう言って、田中はカラスの首元を指先で掻いた。カラスは「もっと」とでも言うように田中の手に頭を寄せた。
「…噛まない?」
「さあ、どうだろう。ゆっくり手ェ出してみ」
「こ、こう?」
「井浦も頭にいきなり手出されたらびっくりするだろ?とりあえず下から、首元撫でるんだよ」
田中は俺の手を緩く掴み、ゆっくり黒い体に近付ける。
これまでにない距離で「後でちゃんと手ぇ洗おうな」と声が聞こえた。
田中は黙ってついてきた俺に何も言わなかった。
01.尾行