宝箱

□閉じ込める
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「閉じ込める」



HIKARU side



「あ、光!」

大好きな可愛らしい声が廊下に響いて、俯き気味やった顔をバッと上げると、渡り廊下の向こう側から走って来る謙也くん。

盲目とはこの事か、と最近思うのは、謙也君の姿を見つけたら周りの奴とか状況どーでもようなるっていう。所構わず抱き締めたいし、できれば一緒のクラスで授業も受けたいし、一緒に暮らしたいし…それは無理か。

けど満面の、華が咲いたような笑顔で自慢のスピードで駆け寄って来てくれたら、しゃあないと思うねん。

…末期か俺は。

「教室移動っすか?」
「おぉ!次、学年集会やねん」
「…教頭の話になったら寝るんでしょ」
「あ、今ちょっと馬鹿にしたやろ」
「さぁ」
「ひーかーるー?」

グリグリと、怒った口調やけど楽しそうなニヤついた顔で頭を押さえつけられて、俺も笑いが零れる。

「はは、冗談やって、怒らんで」
「あ、せや今日の昼休みやけど―…」

「おーい謙也ー!」

ハッとして謙也くんが振り向くと、柱を背に苦笑した部長が立っとった。

「先行っとこかー」
「あ、ごめん白石!」
「ええで、財前も、またなぁ」
「あ…はい」

ヘコっと頭を下げたらヒラヒラ手を振って、部長が去っていった。



――…ホンマに、長い間俺と謙也くんの二人にはいろんな事があった。

怒涛の冬が過ぎて、段々と寒さが緩和されてく3月。



この冬、俺は謙也くんに一生償っても償いきれへんような酷い事をし続けた。

悔やんでも悔やみきれん。

そんな中で俺に喝を入れてくれた…部長。

口に出しては言うた事あらへんけど、俺は部長に憧れとる。

聖書やとか言われてテニス部連中の中でも誰もが認める実力者。

厄介モンばっかの四天宝寺で部長を務められるほどの器用で温かい人。



――…傷ついて苦しんでる謙也くんの傍に、黙っておってくれた。



…俺にはできひん事を、してくれはった。

感謝してもしきれへん。



逃げようとした俺に喝を入れて、親友を傷つけた俺はさぞかし憎いやろうに、正面から俺をしばいてくれた。

何より、俺でさえも救ってくれた恩人や。



――…やっぱし、器大きい人やなぁ。



「…光?」
「っあ、すんません…ボーっとして」
「ええんよ、まさか風邪?」
「いや、ちゃいますわ」
「せやかて最近、マシになったとはいえまだ寒…っくしょん!」
「…人の心配してる場合ちゃうやん」

苦笑いして謙也くんの腕を引いて渡り廊下からもう少し風の当たらん場所へと移動して。


――…謙也くんは、何で俺なんかを好きになってくれたんやろう。

あんなにようできはった人がすぐ隣におったんに。


ふと、考えたこのことに、俺は悩ましい日々を送るハメになってしもた。







KENYA side



昼休みになって、俺は浮いたようなスピードで…、浮き足立っていつもの場所に向かった。

寒い冬場で、あったかくしながら二人でご飯を食べれる場所。
そこは放送室の隣の準備室。

放送委員は割りと適当で、ホンマは機械とかあるから放送室の中でメシ食ったらアカンねんけど、精一杯精密機械から離れながら放送室ん中で食べよるから、その隣はガラ空き。
委員の俺は鍵を常備しとるわけで、行って速攻鍵を開けて財前が来るのをソワソワしながら待った。


コンコン
「謙也くん、おる?」
「光!」

すぐに来てくれていつものように早く食べようと急かす。

いつもなら一つや二つ、「ホンマしゃあない人やな」とか「スピードしか興味ないんか」とかツッコミ入れられるんに、何や妙に今日は…。

笑って椅子に座る財前に、飲もうとしとったカフェオレを噴出しそうになった。

「?どないしたんですか」
「え、何か…いや、何もないわ」

気のせい…やと思っておきたい、けど…






HIKARU side


…気にならんって言うたら嘘になる。

せやけど、嫉妬かって言われたら…微妙。

なんちゅうか…

部長と俺は違いすぎて、比べるにもそもそも比べるものが違うように思った。

部長は別次元っていうか、俺にとっては憧れる存在でもあるわけで。部長がとことんええ人に見えるのは、普段からやし納得のいくもんで。

ただ、気がかりは俺よりもようできはる部長が傍におる環境で、謙也くんは何を思ってるんやろか、って。

…正直に言うたら、何にしろ部長と勝負して勝てるか言われたら…自信あらへん。

テニスの腕は努力したら追いつける、追いつけるって思わな上へは行かれへん。

せやけど、性格の面、トータル的に勝てるトコってどこやねんって話で。比べられへんわ。



…なんやろう、このわだかまり。



ペタ、

訝しげな目をして俺の額に手を当てる謙也くん。

この動作、ここ数日間ずっとな気がする。

あれ、俺今謙也くんの家に遊びに来てたんやっけ。この部屋謙也くんの部屋やし。

てゆうか、俺考え始めて何日経ってんねやろ。
ボーっとし過ぎやね。


「…光、何か考え事?」
「…そうですね…」
「…俺、何かした?」
「違いますよ、そういうんやなくて」
「ほな、何か出来る事ある?」


不安げにしたり、次には心配そうにしたり、忙しい表情の変化。
眉をハの字にして俺を見つめる謙也くんに、俺はきゅう、と胸が鳴った。

「…何で俺やったんすかね」
「…え?何が?」

次は疑問符を浮かべる謙也くんに、可愛ええなって思って笑いが込み上げた。


「すみません、何で部長やなくて俺を好いてくれたんかなってちょっと思ってたんすわ、ここ最近」
「えっ、え?何?俺?」


じっと謙也くんを観察してると、俺の言葉を飲み込んで数秒、段々と顔が赤くなってく。
照れてるんかな、あたふたしながら、俺を見つめて何を返事するか迷ってる。


「え?それって、あの…ひ、光…」


――嫉妬か、くだらんな。

俺は忍足さんへの嫉妬で酷い事をした。
過去の俺は、受け止め切れへんかった。冷静になれへんかった。自分の中で感情を処理できひんかった。気持ちが先走って暴走してしもた。

せやけど、今は違う。

謙也くんの気持ちと考えさえ知ってたら、俺はちゃんと話を聞いて、過ちは繰り返さへん。


「…謙也くん」
「え…おん、」
「俺の事好き?」


単純な、質問。
別に、特別な答えを求めてるわけやないし、「好き」と帰ってくることも、普段の謙也くんから見てわかること。
俺が欲しいのは、「好き」って言う時の照れたような、気持ちの篭った俺への、俺だけへの表情。

――…それだけでも「好き」なんやとわかるような。

トロン、と謙也くんの瞼が半分落ちて、目が細められて俺だけを見つめる。照れながらもその二文字を言おうと口を開いたそん時にはもう、俺は耐え切れずにキスをかましとった。


「…ん、ひ、か…」
「もうええよ、伝わりました」


フッと笑みと共に息も漏らしてまう。

…部長みたいになりたいんやない。

部長に憧れてるのはテニスの話。
謙也さんが好きって言うてくれてる間は、謙也さんの好きな俺で居る、ただそれだけの事で。

…独占欲が強すぎた俺。

そんな俺に掴まった謙也くんは可哀相なんかもしれへん。
謙也くんがいつか誰かに気持ちが傾く事がないように、常に俺の腕で閉じ込めとくつもり。


ふと、今日の日付を思い出して、まだ買ってへん謙也くんへの誕生日プレゼントを思いついた。

今度、謙也くんの誕生日にデートの約束はしてある。

謙也くんが好きそうな雰囲気とタイミングで、実はほんの少しだけ束縛の意味を込めたシルバーリングを、さも大人ぶって謙也くんにあげたろ。

謙也くんは可愛らしくて優しいから、きっと喜んでくれるやろうな。

…恥ずかしいから、俺の所有印代わり、なんて言葉は言えへんけど、

もし、

言ったら、もしかしたら…
謙也くんも喜んでくれるんやろうか。






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