短文
□彼女に映った貴方の面影
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志村邸にて、普段と変わりのない風景を見ながら僕、志村新八はお茶を啜る。
「お妙すわぁぁぁん!!今日もお美しいで・・・ごふあッ!!」
綺麗な弧を描き飛び込んできた近藤さんを自慢の鉄拳で制する姉上。
この絵ズラ、普通ならば驚くべき光景なのだろう。
だけど僕はそれを背景に午後のティータイムを楽しんでいた。
始めは近藤さんの身を案じ必死に止めたものだが如何せんあの人は求愛ダイブを止めようとしない。
毎日続くその行為が日常化してしまった今、近藤さんを止めることも姉上を止めることも、もはや無駄な行動だと学習したのだ。
「お、お妙さん・・・あばらに食い込む素晴らしい一撃、お見事です・・・!」
親指を立てた手をグッと突き出し彼的精一杯のウインクをしてみせる。(左目は出来ていないけど。)
「あらあら、随分乱暴なゴリラね。早急に動物園の檻にぶち込んでもらわないと危険だわ」
綺麗な笑顔に反し、姉上の口から出るのは辛辣な言葉。近藤さんの腕を足で踏み付けどす黒いオーラを放っている。
あ、今日は姉上、機嫌が悪いな・・・なんて考えながら煎餅に手を伸ばす。
僕にとばっちりが来なきゃいいけど。
「すいませーん」
そんな事を考えていると玄関から誰かの声。お客さんかな、と腰を上げると庭からヒョコッと姿を現す見知った頭。その人物がまた珍しい人だから少し驚く。
「庭先から失礼しやす。
あ、近藤さんやっぱりここでしたか」
亜麻色の髪をなびかせたその人は真選組の一番隊隊長を勤めている沖田さんだ。
どうやら彼の目的の人物は現在僕の姉に全力アプローチ中の近藤さんのよう。
「沖田さんこんにちわ。珍しいですね」
「ああ新八君じゃねーか。近藤さんがいつも世話になってるみてぇで」
沖田さんはペコッと軽い会釈をする。
その姿に大分動揺してしまった。普段の彼の警察らしからぬ振る舞いを見ていれば、無邪気さと非常識さしか持ち合わせていないものとばかり思っていたけど、案外礼儀正しい一面もあるみたい。
どこかホッとしてしまう。
「いいえ、僕は構いませんけど・・・近藤さん、早く止めてあげないと姉上にボコボコにされちゃいますよ」
ハハッと苦笑いをすれば沖田さんは
「いっけね、そうだった」
と言いながら焦るそぶりも見せず姉上にジャーマンスープレックスを掛けられている近藤さんの元に歩いてく。
「近藤さぁん、しっかりして下せェ。あんた今日はお上との大事な会議でしょう。早く帰んねぇと土方さんが鬼みてぇな面して待ってやすぜィ」
「んぐ・・・あ、そ、総悟か。ん・・・あり・・・そーだったっけ?」
顔面打撲だらけの近藤さんを起こし、姉上の方を振り返る。
「姐さん、毎度ウチの局長が迷惑かけてるみてぇで。すいませんねぇ
この人には俺らの方からそりゃもうキツーく言っときやすんで、今日のところはどうかこのくらいで許してやって下せぇ」
そう言って沖田さんは姉上に頭を下げた。
「あらまあ、沖田さん。あなたもこんな万年発情ゴリラを上司に持って大変でしょうに・・・。」
姉上は心底彼を哀れむように同情めいた表情を見せる。
そんな彼女に対し沖田さんも「まったくでさぁ、近頃は常に情緒不安定みてぇで日ごとムラムラ・・・」なんて飽きれた顔で言っている。
それを聞いて「まぁ!」と態とらしく口に手を当て大袈裟に驚いてみせる姉上。
案外この二人、馬が合うようで心なしか楽しそうにも見える。
それを複雑そうに見つめる近藤さんの目がこれ程ないまでにウルウルと潤んでいた。
姉上達・・・確信犯だ・・・。
「あ、そうでした姉さん。これはちょっとしたお詫びでさぁ、最近城下に出来た甘味屋の話題の品でしてね、良かったら新八君と」
そういって姉上に手渡したのは、団子だろうか。
「まあ!有り難うございます。あそこのお団子一度食べてみたかったの。いただきますね」
姉上は嬉しそうに微笑む。
見るかぎりすっかり機嫌にを取り戻している。
沖田さんって人間の扱い上手いよなぁ・・・。
あの姉上の機嫌すら簡単に取ってしまうなんて。こればかりは誰にでも出来る技じゃない。弟の僕ですら・・・
「沖田さんて本当に気が利くのね、どこかの野ゴリラとは違うわ。そうだわ、今度お仕事の空いた日にでもうちにお茶にいらしてくださいな。沖田さんお一人で」
と、満面の笑顔をニッコリ、わざと近藤さんに見せ付けるように。
その笑みを見た近藤さんはガーンと突っ伏してしまった。
「姉さんがそう言ってくれんなら、喜んでお邪魔しやすぜぃ。」
と、沖田さんは無垢そうな素敵な笑顔を張り付け、「そんじゃ、俺らはこれで失礼しやす。新八君も」と頭を下げ近藤さんを支えて帰っていった。
沖田さん・・・あんな素晴らしい笑顔見たことないな・・・。対姉上用なのかな。あの沖田さんですら姉上には頭が上がらないってことか。
そう考えると隣の姉上が余計に恐ろしく見えて身震いした。