微熱ト戯言。

□ある時は儚い祭の様に
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『ある時は儚い祭の様に』

茹だるような蒸し暑さの中、校内もまた同じように暑かった。

そしてその更に細部、3年B組では、夏の暑さを超えて熱く盛り上がりを見せている。

言ってしまえば3年B組はぼくのクラスであり、今日が文化祭だと言うことを考えれば、まあ当然のはしゃぎ具合なのだろう。

「おーい、いのっちー!!」

幾つかに仕切られたこの教室の何処かから、自分を呼ぶ声が聞こえる。

クラスメイトであることは間違いないのだが、生憎友達の少ない(いないと言っても過言ではない)ぼくなので、声だけで誰だか判別することは敵わなかった。

とりあえず呼ばれたからには行かない訳にはいかず、ぼくは渋々歩を向ける。

「…なに?」

暖簾の掛かった即席厨房を覗き込み、ぼくを呼んだであろうクラスメイトを探す。

やがて出てきた彼は、顔の前で両手を突き合わせてペコペコと何度も頭を下げた。

「わりぃいのっち!!休憩中ほんっっとに申し訳ないんだけど、ちょっとウエイト頼む!!」

頼まれた。

…ん?

待て、

「ちょ…ぼくは客の前に出なくていいって…」

「うん、だからわりぃ!!ちょっとだけでいいんだ!!俺が帰ってくるまで、そこの服着て注文取ってればいいから!!じゃ、頼んだ!!」

そう叫んだ彼は、足早に教室から出ていった。

今更だけれどもぼく達3Bは、この文化祭に於いて「メイド喫茶」という中でも人気の高い企画をさせられていた(ぼく視点)。

故に、「そこの服着て」と言う台詞は「メイド服を着ろ」と同義な訳で…。

「え…ぇえ!??」

ていうことはぼくがメイド服を着なくちゃいけないってことで…

完全にパニックに陥ったぼくは、慌てながらも服…メイド服を手に取った。

す、素晴らs…違う。
ぼくは人が着ているのを楽しみたい質であって、決して自分で「着たい」とは思わない。

仮にも高校生である以上、そんな事を公言したりしないが。

「お、いーちゃんそれ着るの?!着ろ着ろ!!そして撮らせろ!!!」

「い や だ !!」

なんでぼくがこんな恥ずかしいものを着なくてはいけないんだ。

集り始めたクラスメイト達は、「いーちゃんにはこれが似合う」とか「いっくんそれ合いそう」やらぼくにとって死活問題とも成り得る言葉達を吐き捨てていく。

「あの…ぼく着ないから」

「「「だめっ!!!!」」」

「………。」

は?
マズイ。
このままでは本当に着せられてしまう。

「ていうかぼくやるとすら言ってないし!!帰る、ぼく帰る…ってぅわぁあっ!?」

「お前そっち頼んだ」

「ちょ…え?!!」

簡単に囲まれたぼくは、あっという間に制服→メイド服に着替えさせられていた。

…なんという速業だ。
…なんという荒業だ!!!

「お、お前らっ…」

「いいからいいからっ!!」
「いっくん接客!!!!」
「いってらっしゃーい」

---

「…お帰りなさいませご主人様(棒読)」

それから。
ぼくは律儀に接客をさせられていた(ぼく視点)。

律儀に接客をさせられていたというのは日本語的に完全に間違っているのだが、今のぼくにはそんなことを気にする余裕すら無かった。

何故なら。

「よっ、いーたん」

目の前に、失格が、
人間失格が─零崎 人識が立っていたから。

「似合ってんじゃん」

「………」

嬉しくない。
て、ていうか!!!

「な、なんでここに…っ」

いるんだよ!!!!
なんで同じ学校とはいえ校舎の違う零崎が、ぼくの教室にいるんだ。

いや、一応催しなのだし、ここに零崎がいることは不自然ではないのだが。

だが何故今、この瞬間にこの教室にくるんだ。

「か、帰って…、ていうかなんか違う、違うよな。間違ってる。つか、え?なんでぼくこんな格好…あれ、零崎いつからそこにいたの気付かなかった……って、うわ、零崎!!!!!!」

「大丈夫かお前…」

上も下も右も左もにっちもさっちもあっちもこっちも分からなくなる程に、ぼくの頭は混乱していた。

とにかく。

零崎に見られた。
それだけでぼくは、この4階の窓から飛び降りたくなった。

「ああもう最悪…頼むから忘れて…うわあ…」

恥ずかしい。
恥ずかし過ぎる。

無理矢理に服を着せたクラスメイトと、無理矢理に接客を押し付けていった奴を恨む。

「つかマジで可愛いし。忘れてとか無理なお願いしてんじゃねぇよ」

「…じゃあ忘れさせてよ」

「いいよ」

は?
その場のノリなんだけど。
零崎はぼくの手をまたもや無理矢理に掴み取ると、クラスの連中に

「おーい、いーたん借りるからー。つか俺のだし。」

と叫んで(やめろ)、足早に教室から抜け出した。
この教室から出るときは足早でなくてはならないのだろうか…。

「零崎、何処行くんだよ」

「んー、使ってない部屋」

「はあ?何言ってんだよ…」

強く握られた手が痛い。

廊下から窓の外を見ると、少し、日が陰っていた。
吹き込む風が頬を掠めて、夏の空気を一瞬だけ払拭する。

「零崎、」

「うん?」

「……」

「なんだよ」

微笑みながら、零崎は歩みを緩める。
髪を撫でる指は、夏の風よりも優しくて心地好かった。

「なんでもない」

目を逸らしたぼくに、零崎は可笑しそうに笑う。

零崎に連れられてたどり着いた部屋は、使われているのかわからないような小さな部屋だった。

「なに?ここ」

訊ねると、零崎は悪戯に微笑んでぼくを抱き寄せた。

「…っなんだよ」

急に近くなった零崎の顔。
心臓が跳ねたのは、きっと気のせい。
気のせいに決まってる。

「いーたん可愛い」

「…っばか、」

離れようと強く伸ばした腕も、零崎の前では欠片も意味を成さない。

ぎゅっと抱きしめられて、耳元に熱い吐息。

ああもう、零崎はずるい。

「…この服、早く脱ぎたいんだけど。」

「りょーかい。全く、メイドさんがご主人様使うなよなー」

「誰がご主人様…っん」

首筋に蒼い痛み。
残る紅い痕。

「脱ぎたいんだろ?」

「…っ、ぁ」

身がすくむような暖かい感触が、首筋に残る。
泣きたくなるような、甘い感覚。

「待っ…、零崎?ここ学校…なんだけど…」

「だからなに?」

やめてほしいの?
そう意地悪く微笑んで、零崎はぼくの背骨のラインをなぞる。

「だって…っ」

「なんだよ」

止まらなくなっちゃう。
わかってるクセに。
零崎は、いつだってずるい。

ぼくを翻弄して滅茶苦茶にするんだ。
わかってるクセに。

わかってる。

「…零崎、」

「ん」

「すき、だよ」

知ってる。
そう笑った零崎の表情が、いつになく輝いて見えた。

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