物語は不動ノ運命により
□夢現と柔らかな
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『夢現と柔らかな』
小さな街の一角に建てられた古い宿。
日は既に暮れて、外の世界では小さく虫の音が響いていた。
暗く寝静まった闇の中で、同室のイヴェールは静かに窓の外を見詰めていた。
月を見て、街の景色を眺めてはまた月を見、それを繰り返しているうちに眠くなってきたのか、かくん、と首を落とす。
馬鹿、まだ夏だとはいえ、そんな薄着で寝たら風邪をひく、なんて母親の様な事を考えながら、俺はイヴェールに声を掛ける。
それでも起きる様子が無かったので面倒臭いとは呟きながらもイヴェールの身体を持ち上げる。
イヴェールの腕が当たり前みたいに首に絡みついたことに驚き、二人以外に誰もいないと言うのに、辺りを見回してしまった。
これでは俺が馬鹿みたいじゃないか。
勝手な事にすやすやと寝息をたてるイヴェールに毒を吐き、ふとして、幸せそうに眠る奴だと思った。
思わずイヴェールの寝顔に見蕩れていると、腕の中で動く気配がした。
マズイ、起こしたか。
「ん…」
喉を反らして呻くイヴェールの首筋が目に止まり、思わず喉を鳴らす。
夏の暑さのせいか赤く染まったイヴェールの頬が、首に絡みついた腕が、イヴェールの全てが俺の心臓を高鳴らせる。
「…ぁ、ローランサン…?」
薄く開いた瞼の隙間から覗く、各々色の違ったオッドアイ。
その双眸が宙をさ迷った後、自分のそれとぶつかる。
「…あれ?ごめん、いつの間に寝たんだ?」
大丈夫だから降ろして、とまだ寝惚けた様な声を出すイヴェール。
しかし寝起きの悪いこいつが起きて直ぐに歩ける筈もなく、ふらふらとよろけた後、再び腕の中に戻ってきた。
というか倒れてきた。
「ぅわ、馬鹿、」
「ん…ごめん」
まあ予想出来ていた事だった上に、こいつの身体は平均以上に軽いためそのまま踏み留まる事が出来た。
立ったまま夢の中へ行こうとするイヴェール。
「…ったく…」
仕方ないのでまた抱え上げ、ベッドまで運ぶ。
イヴェールの身体をベッドに沈め、乱れた髪を整えてやってから布団を掛けた。
ベッドの縁に座って髪を撫でているうちに自分も段々と眠くなって、寝よう、と呟いてから立ち上がる。
と、そこへ、引き止める手があることに気が付いた。
イヴェールの手が、俺の服の裾を摘まんでいる。
「…?」
「…サン、ローランサン…」
うっすらと瞼が開いて覗く双眸が、確りとぶつかった。
寝起きにしては珍しい。
桜色に染まる頬が、なんだかとても期待を煽るもので。
寝起きの潤んだ瞳が何故だか扇情的で。
綺麗だ。
そう思えた。
裾を掴んだイヴェールの手が、ハッとしたように離れた。
「あ、ごめん…いや、あの…ローランサン?」
「あ、ああ」
確りしろ自分。
イヴェールも戸惑っているじゃないか。
自分に向けられた瞳が色を湛えた物だと気付いたのだろう、イヴェールがふと頬を染めた。
幾度となく宙に視界を漂わせ、時々此方を窺い見ては目を逸らす。
「…もしかして、僕、何かした?」
寝ている間に、と。
イヴェールは恥ずかしそうに上目遣いで此方を見た。
もちろんイヴェールが何かしたと言うよりは、イヴェールの一つ一つの仕草に自分が勝手に惹かれてしまっただけであって。
だからイヴェールが悪い訳では決してないのだが。
けれどその首を傾げた上目遣いを見てしまったら、なんだか八つ当たりでもするような気分で、イヴェールが悪い、と言ってしまいたくなる。
しかしそんな子供染みた事を言う筈はなく。
「なんでもない。もう寝ろ」
と素っ気なく吐き捨てて、今度こそはベッドを離れようと静かに立ち上がった。
「あ…」
「え…?」
名残惜しむ様な。
離れ難い様な。
そんな切なげな声を洩らされて、思わず振り返った。
「どうした?」
「、なんでもない。お休み」
「……」
イヴェールは静かにそう告げて、布団をたくしあげた。
「馬鹿だな。」
俺も、お前も。
俺はイヴェールの期待の瞳から逃げるように、小さく笑った。
「君だって、馬鹿だろう?」
「かもな」
と、さりげなく。
当たり前のようにイヴェールの額に唇を落として。
恥ずかしいような笑みを湛えたイヴェールが、不意に泣きそうな顔になったのを心の中で笑ってから、俺はお休み、と小さく告げた。
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