物語は不動ノ運命により
□月光に染まる、
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星が見たいと言った。
母と錯覚してしまうような、明るい明るい星が見たいと。
そういって微笑んだイヴェールは、相変わらず蒼白い顔をして、小さく笑ったのだった。
『月光に染まる、』
よく晴れた夜、月が薄く目を細めた夜に、俺達は宿を抜けて鬱蒼と樹の生い茂る森へと足を運んだ。
寒いから上着を着込むようにと言ったにも関わらず軽装で出てきたイヴェールは、案の定くしゅん、と可愛らしいくしゃみを連発していた。
「…っくしゅん…っ寒…」
「馬鹿、だから言ったのに。ほら着ろ」
「………」
自業自得だとばかりに苦笑しながら上着を渡すと、イヴェールはさぞ恨めしそうに此方を睨んで、いらない、とだけ言った。
なんだこいつ。
「…っくしゅ…っ」
鼻を押さえながら、悔しそうに睨んでくるイヴェールが、何故だか愛しく思えた。
「意地張ってないで着ろ。風邪引くだろ」
「…っ煩いな君は。これくらい大丈夫さ。僕は風邪なんてひくしゅっ…」
「……」
顔を紅く染めて上目遣いで睨んでくるイヴェールの髪が、冬も近くなった空の風に煽られて靡く。
突き出した上着が、イヴェールの髪に合わせて揺らめいた。
一瞬の沈黙がイヴェールの決意を緩めたのか、はあ、とわざとらしく溜め息を吐いて上着を拐っていく。
風邪なんて引いたら仕事に支障が出るからな、と言い訳染みた言葉を吐いて、そんなことより、とイヴェールは話を切り替えた。
「僕は星が見たかったんだ」
「ああ。森なら、見えるよ」
手にした上着を優雅に羽織ながら、イヴェールは小さく微笑んだ。
「わざわざ付き合わせて悪いな。どこぞの文豪も、星は独りで見るものではないと言うから…」
それに独りでなんて見たくない、とイヴェールが小さく呟く様に言ったのを聞き逃す筈も無かった。
ヒラヒラと棚引くイヴェールの銀髪、黒いコート。
相方の各々違った色の瞳が、月に反射して美しく光った。
「ローランサン」
風に身を任せながら、相方が俺の名を呼ぶ。
静かに笑ったその様が何処か儚げで、夜明けと共に消えてしまいそうな…。
嗚呼、綺麗だ。
恥ずかしい事を言わせてもらえるなら。
今お前が見上げた星空よりも、お前の方がずっと綺麗だよ。
口になど、出さないけれど。
「イヴェール」
「なん、っん、ぅ…!!」
振り向いた優しい微笑みに口付けて。
冷たい、と一言呟いた。
「ななな何、急に…っ」
慌ててバッと離れるイヴェール。
ああ、駄目だ。
俺もまだ若いな。
「…身体、冷えてるんじゃないか?冷たくなってる」
「ん…」
冷えきったイヴェールの唇に指を這わせ、顔を覗き込む。
見るな、と顔を逸らしたイヴェールが、耳まで赤く熱くなっていたのは言うまでも無かった。
「帰るか?」
「え…?」
赤かった顔を更に赤くして慌てふためくイヴェールは一体何を想像したのだろう。
宥めるように、何もしないよ、と頭を撫でて小さく笑った。
ホッとしたような恥ずかしがるような微妙な表情を浮かべ、イヴェールはそうだな、と囁くような小さな声で笑った。
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