物語は不動ノ運命により

□小さな愛と
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「よしよーし、泣くなー、泣くなよベイビー」

「おいイヴェール」

「なんだ煩いな。よしよし、大丈夫だからねー」

「イヴェール、」

「よーしよし、泣かないでー、そう、いい子だなー」

「イヴェールっ」


▼小さな愛と


「おいイヴェール、いい加減説明してくれよ」

「何が?」

「何って…」

きょとんとした表情の相方は、とんとんと一定のリズムで身体を揺らしながら此方を見上げた。

腕に抱えているのは、まだ1歳に満たないであろう乳児。

もちろん、俺達は子供を産んだ覚えなどない。
…っていうか男は子供を産めない。

「その子はなんなんだ?」

「え?ああ、このベイビー」

なんでベイビー…?
っていうか。

「…誰の子だよ」

「まあそう急かすなってば。この子は…そうだな…」

首を傾げて考え込むように顎に手を添えたイヴェールは、暫くその仕草をした後、からっと笑ってみせた。

「あまりに可愛いから拐ってきちゃった」

「いやそれ犯罪だし。」

「まあ冗談だけど」

よかった。
本当にかなり大分よかった。

盗賊の自分達が誘拐を貶す事なんてまさに五十歩百歩と言うヤツだが、盗賊で、しかも相方が誘拐犯なんて尚更笑えない。

「簡単に言えば知り合いに押し付けられた感じだよ。明日の昼まで、だって。」

「ふーん…まあ頑張れ」

「は?!」

「え?」

違うの?

「お前が預かったんだろ?俺出る幕ないじゃん。」

「そうだけど…」

手伝ってくれてもいいじゃないか、とイヴェールは不満に頬を膨らませた。

イヴェールの腕の中で大人しく遊んでいるその子供は、見ると女児のようだった。

「ん、そういえばその子の名前は?」

「名前?あ…訊くの忘れた。ローランサン決めてよ」

「決めてよってお前なあ…」

「あはは、なんか僕達の子供みたいだね」

「おい…」

実は俺も思った、なんて言えない。
言えるわけない。

「で、どうすんだ?」

咳払いを一つして、考えを振り払うようにイヴェール(と、子供)の前に座り込んだ。

まだ薄くて細やかな毛髪。
ぽっちゃりとした体型。
小さな手足、体。

…くそ、可愛い。

「んー…ローランサン…サン…ロラサン…うーん」

「いや、なに俺の名前から取ろうとしてんだよ」

かなり恥ずかしい。
っていうかどれも俺自身の愛称だったぞ、今の。

「うーん…だったら君が決めてくれよ」

「はァ…?名前なんて付けたことねぇよ」

「悪いな、僕もだ」

「……。」

さてどうしたものか。
自分達の子供ならまだしも、赤の他人である子供に名前を付けるなんてあり得ないことだ。

仮に彼女が我が子だったとしても、そう簡単に決まるものではない。

「サン…ランサン…?」

いや、だから俺の名前…。

「イヴェール、イヴェ…イエール…イエール?」

やめろ俺。
杯を掲げて両腕を上げるイヴェールが浮かんだ。

たのむ、やめてくれ。
今なら土下座もいける。
たのむからやめてくれ。

「……ローランサン、名付けがここまで大変だとは思わなかったよ」

「俺もだ…」

項垂れるようにへたり込み、肩を落とすイヴェール。

その腕の中で女児はきゃあきゃあとイヴェールの髪を弄んでいた。
呑気だよな、本当に。

「……そうだ、ロマーナはどうだ?!浪漫があるじゃないか…!!」

「ロマーナ?おう、いいんじゃん?」

何故急にロマンなんて言葉が出てきたのかは分からないが、まあイヴェールが気に入っているのならそれでいい。

ロマーナ。

「なんか、幸せになりそうな名前だな…」

「明日には帰っちゃうけどね」

「ああ…」

何故だか名前を付けた途端に愛着が涌いてしまったようだった。

「ん…、ローランサン、そこの哺乳瓶取って」

「…これか?」

「うん、ありがと」

慣れた手付きで蓋を外し、瓶の上部を持ってゆるゆると振る。

哺乳瓶を自分の頬に充てて、大丈夫、と呟いてから女児─ロマーナの口元に哺乳瓶を持っていったイヴェールは、なんだか本当に母親のようだった。

「よしよしいい子だなー。あ、ローランサンもやる?」

「え…」

「ほら、だっこ」

「あ、うわ…」

本当に嬉しそうにロマーナを手渡したイヴェールは、そっと零れそうになる髪を押さえながら無邪気に笑った。







 それはまるで
 新しく家族となった
 朝の様に──…



end,
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