Ash&Snow

□Ash&Snow 2
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 始まりは、何だっただろう。

 ”運命”とでも言うべきものの歯車が音を立てて動き始めたのは。

 きっと、それは俺が”人間”としてこの世界に生れ落ちたときから始まっていて。
 けれど、記憶を失ってしまった俺にはそのことを長い間理解できなかった。

 だから―――そのときの自分にとっての始まりは、きっと。



 ”あいつ”と再び出会った、あの瞬間がそうだったのだ。







   Ash & Snow  2








 その日の夜。
 冬獅郎はいつもと何ら変わることなく、自室でくつろいでいた。
 
 冬獅郎が住んでいるのは、学校からほど近い場所に位置するマンションだった。
 彼はその一室で、中学の頃からほぼ一人暮らしに近い状況で暮らしている。

 経済的に余裕がある家庭だからできたことなのだが―――その根底に母親との不仲があることは言わずもがなで。
 数年前に仕事の関係とやらで海外に飛び立ってしまった母親が今どこで何をしているのかは、実際のところ冬獅郎にもわからない。



 ――もっとも、冬獅郎にとってその生活はむしろ好都合ですらあったのだが。





 母親さえも、彼にとっては赤の他人だった。
 育ててくれた恩も感謝の念も人並み以上にあるが―――どうしても、あの人に心を開くことはできなかった。
 何故なのか、自分にもわからない。

 幼い頃から冬獅郎は、およそ子どもらしからぬ子どもだった。
 感情表現に乏しく、覚えがある限り心の底から笑ったことも泣いたこともない。
 気づいたときには、周囲からひどく浮いた存在になっていた。
 こんな可愛げのない、不気味な子どもを持つ羽目になってしまった母親にはひどく同情してしまう。

 そして。
 年齢を重ねるに連れて、冬獅郎は自分と周囲との浮き彫りをはっきりと自覚するようになっていった。
 どんな人間を相手にするより、この世のものではない―――いわゆる魂魄と関わっているときの方が自然でいられる自分。
 彼らとなら、何の違和感もなく対話することができることに気づいたとき、冬獅郎は愕然とした。

 ”此処”は自分のいるべき場所ではないのだと。
 幼い頃から感じていたそのズレは、年々ひどくなっていっている気がして。
 頻繁に例の夢を見るようになったのも、その頃からだった。
 それでも、どうすることもできなかった。
 心の奥底で何かが警報を鳴らしている気がしていた。

 だが、それが何なのか―――冬獅郎には本当にわからなかったのだ。







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