Lost Heaven

□Lost Heaven 2
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 誰に何と言われても、俺はあいつを忘れることはできない。
 日番谷は、静かにそう思った。
 あの笑顔も、やわらかくあたたかな白い肌も、自分の頬に優しく触れてきた指先も―――彼女の全てを。
 今でも鮮やかに思い描くことができるというのに。

 そして、彼女を思い出そうとすると真っ先に胸を掠めるあの言葉も。

 ―――私が死んだら、忘れてくださいね。


 たとえそれが、唯一の彼女の望みだったとしても、きっと一生その願いを叶えてやることはできない。

 彼女が死んで五年。
 己の副官がいなくなった今になってようやく気づかされるのは、彼女が自分に与えてくれた惜しみない優しさばかりだった。
 例えば―――食に対して関心の薄い自分の舌に合うように配慮された料理だとか、疲れを自覚しない自分にさりげなさを装って甘えてくる腕だとか。
 
 そんな些細な、彼女の想いの全てを―――俺はそれと知らずに甘受してばかりで、ただの一つも返すことができなかった。










 

「じゃあね、日番谷くん!また明日もくるから!」
 そう、自分の隊舎へ戻っていく雛森を見送りながら、日番谷はここ十年のことをぼんやりと思い返していた。
 
 破面との決戦から、もう十年が経つ。
 雛森は、この数年でだいぶ落ち着きを取り戻していた。
 その前までのひどい状態が嘘のように。

 精神を病んでしまった雛森がじょじょに回復しはじめたのはちょうど五年前の―――松本乱菊が亡くなった頃からだった。




 ―――日番谷と乱菊は、恋人関係にあったわけではない。
 有り体に言ってしまえば、彼女は日番谷の”愛人”だった。
 どんなにその言葉の響きが気に食わなくても、二人の関係をもっとも的確に表してしまえば、そういう言葉しか出てこない。

 乱菊をどう思っていたのか―――今でははっきりわかるというのに―――あの頃の自分は、そのことを全く考えようともしなかった。
 愛だとか恋だとか、そんな感情に心を裂く余裕はなかったし、彼女も、日番谷にそういったものを何一つ求めなかった。
 互いに割り切って、ただ快楽だけを共にしていた。

 それでも―――乱菊と一緒にいるのはひどく心地が良かった。
 彼女を抱くと、それだけで嫌なことを全て忘れられる気がした。

 それだけの理由で、日番谷は長い間何の疑問も抱かずに、副官との不毛な関係を続けていたのだ。


 何故、彼女と寝るようになったのかというと・・・それも有り体に言ってしまえば、”酔った勢い”というやつだった。





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