Short Story

□水面波(ミナモナミ) 後編
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 初めて交わす、口付け。
 それは、触れるという程度の優しいものではなかった。
 角度を変えて、吐息さえも飲み込むかのように深く口付けてくる、その動き。
 無意識に逃れようと思っても壁に頭を固定され、顎を強く掴まれていてはそれもできなかった。
「ん・・・っ、あ・・・!」
 息をしようと口を開いたところから舌を差し入れられ、乱菊はびくっと体を震わせた。
 強引に舌を絡め取られ、きつく吸われる。
 羞恥と混乱と快感で思わず体の力が抜けてしまう乱菊の腰を、伸びてきた日番谷の腕が支えた。
 その力強さと触れる舌の熱さに、眩暈がしそうだった。


 そうして。
 思う存分に乱菊の唇を堪能してから、ようやく日番谷は彼女を解放する。
 顔を真っ赤にさせたまま力なくその場に崩れ落ちる乱菊の様子に、彼は苦笑したようだった。
「随分可愛い反応だな、松本。」
「た、たいちょお〜〜〜っ!」
 もはや乱菊はそう叫ぶことしかできない。
 見上げる日番谷は実に楽しそうな笑みを浮かべていて。
 しゃがみこんで乱菊と視線を合わせると、そのままの表情で言った。
「とにかく。なるべく早く戻るようにするから。・・・・・・まぁせいぜい首根っこ洗って待ってろ。」
 乱菊は真っ赤な顔のままで、ピシッと固まった。

 ”自分のために、身を綺麗に洗い清めて待っていろ。”
 気のせい、というか自分が曲解しているだけなのだろうが――――――そう、聞こえたから。


 そして。
 行ってくるとだけ告げて、日番谷は踵を返した。
 だが―――彼は扉を開けたところで、ピタリと足を止めた。
「―――それから、前に逃げるな、と言ったが。それは撤回しておく。・・・どうしても無理だったら逃げろ。」
 躊躇いがちに、それだけを告げて。
 そのまま、日番谷は部屋を後にした。



 乱菊はしばらくの間、日番谷が消えていった扉を呆然と眺めていた。







 もちらん、その日一日―――せっかくの誕生日だというのにも関わらず、プレゼントを持って訪れる来客の群れにも、心はずっとうわの空で。
 乱菊はまたもやずっと仕事が手に付かなかったのである。









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