Short Story
□水面波(ミナモナミ) 後編
5ページ/6ページ
死覇装を脱がし、その傷を確認する。
日番谷が大したことはないと言っていたのは、あながち間違いでもなかったようだった。
それでも、大きく広がるその傷口は見ていてとても痛々しく。
乱菊は黙々と薬を塗り、用意した包帯を丁寧に日番谷の体に巻きつけていった。
「・・・悪かったな。」
その様子を無言で見つめていた日番谷が、ぽつりと言葉を零した。
乱菊が顔を上げると―――彼は実に罰が悪そうな顔をしていて。
その表情のまま、日番谷は溜め息混じりに言葉を紡いだ。
「お前に八つ当たりしたんだ。任務が長引いたのも、こんな怪我までしちまったのも、自分の落ち度だってのにな。」
悪かった、ともう一度告げる日番谷に、乱菊は慌ててかぶりを振った。
「・・・いえ、そんなことはいいんです。ただ・・・隊長が怪我するのなんて珍しいなぁと思って。」
気まずい雰囲気を払拭させようと、乱菊は話題を振った。
日番谷は強い。
昔からずば抜けて強かったわけだが―――成長して卍解を完成させた今となってはその強さは昔の比ではなくて。
彼のこんな傷を見るのは本当に久しぶりのことだったのだ。
乱菊の問いかけに、日番谷はぐっと言葉に詰まり。
「気が急いたせいだ。・・・俺もまだまだ未熟ってことだな。」
不承不承ながらに、そう告白した。
乱菊は――――――呆気に取られて日番谷を見つめた。
彼の言葉が意味するものはただ一つしかないわけで。
叱られた子どものような顔でうなだれる彼は・・・・・・・・・・・・こう言っては何だが、ものすごく可愛らしかった。
じわじわと、嬉しさにも似た―――微笑ましい気持ちが胸の奥から湧き上がり。
乱菊は、状況も忘れてクスクスと笑い出してしまった。
「・・・おい、松本。」
日番谷が、さすがに咎めるように乱菊を睨む。
「だって、何だかおかしくなってきちゃったんですもん。」
「・・・余裕がなくて悪かったな。」
拗ねたようにそう言葉を返す日番谷に、乱菊はかぶりを振った。
「そうじゃないですよ。・・・まぁ、それも正直ほっとしたんですけど。」
―――安心した。
種類は違うのだろうが、不安や緊張を抱えていたのが自分ばかりではなかったのだとわかって。
だがそれ以上に、悟ってしまったことは。
乱菊は微笑みながら、真っ直ぐに日番谷を見つめた。
「・・・私って、何をあんなに思いつめてたんでしょうね、あなたが相手なのに。」
そっと囁くように呟くと、日番谷の瞳が僅かに見開かれた。
「あなたの隣が―――私にとって世界中で一番安心できる場所なのに。何を怖がっていたんだろうって。」
彼の身に何かあったのではないか、と考えてしまったときに全身を襲った恐怖。
それを思えば、ここ数日ぐだぐだと悩みうろたえていた自分がかなり馬鹿らしかった。
「松本・・・。」
微笑む乱菊に、日番谷の腕が伸びてくる。
それからゆっくりと引き寄せられて、乱菊は素直にその―――怪我をしていない方の肩に頭を預けた。
あたたかなそのぬくもり。
それは、先ほどまで怯えていたことが嘘のようにほっとできるものだった。
「私が―――ずっと、このままでいたいって思ってたの、隊長は気づいてたんですよね。」
「・・・・・・・・・お前は勝気なくせに存外、臆病だからな。」
振ってきたその言葉には、さすがにカチンときたのだが。
「・・・反論したい気もしますけど、今は止めておきます。隊長は私のことをよくご存知ですもんねー?」
「当然だろ。」
何年一緒にいると思ってやがる。
きっぱりと告げられ、乱菊は微笑んだ。
本当に長い長い時間を、彼とともに歩んできた。
―――そして、それはこれからもずっと変わらないのだと。
日番谷はそれを約束してくれるのだという。
・・・よく考えてみなくても、それはなんとも贅沢すぎるプレゼントなのかも知れない。
「ねぇ、隊長。・・・・・・・・・本当に、下さるんですか?」
これから先の―――あなた自身を、丸ごと。
確認するように問うと、
「あぁ。」
そう、きっぱりとした答えが返ってきて。
「・・・返せって言われても返せませんよ?」
「それも、当然だな。」
むしろ、返されたら困る。
真面目な口調でそう言われ、乱菊は声を立てて笑ってしまった。
「なら―――ありがたく、受け取らせていただきます。」
顔を上げてそう告げると、珍しいことに日番谷も掛け値なしの笑顔で笑い返してくれた。
「・・・あぁ。」
そうして。
二人は、どちらからともなく顔を近づけ唇を重ねあった。
三度目の口付けは、驚くほどに優しくて。
言い表せないほどの幸せに満ちていた。
<終>