Ash&Snow
□Ash&Snow 3
3ページ/5ページ
自分とはまるで違う、頼りないその体。
それだというのに、自分はそんな彼女に庇われた。
出会ったばかりの自分のために、彼女はこんな大怪我をしてしまったのだ。
だというのに―――彼女が次に言った言葉は。
「っ、逃げて、ください・・・っ!」
「な・・・に、言ってんだ・・・!」
飽くまで冬獅郎の身を案じるように、女は言い募った。
「虚―――奴らは、霊的濃度の高い魂を優先的に襲う習性があります・・・。あいつの狙いは、あなたなんです・・・っ!私のことはいいですから・・・っ早く、ここから」
「―――ならなおさら、お前を置いて逃げるわけにはいかねぇだろうが!!」
冬獅郎は彼女の声を遮り、怒鳴りつけた。
何を言っているのだ、この女は。
彼女を一人置いて逃げることができるほど―――冬獅郎は愚かではないつもりだった。
冬獅郎の強い眼差しに、女は驚いたような顔をしたが。
やがて、口元に小さく笑みを浮かべた。
―――あなたらしいですね。
そう、小さな声で紡がれた言葉は、冬獅郎の耳には届かなかったが。
「悔しいですけど、さすがにもう・・・動けないみたいです・・・。」
「―――っ!」
力なく告げられた言葉に、冬獅郎は唇を噛み締めた。
彼女を抱え―――逃げられるだろうか。
部屋の隅で、痛みにその体をばたつかせている”虚”とかいう化け物の姿。
視線をさ迷わせて、冬獅郎は愕然とする。
逃げようにも、入り口は砕けた壁の瓦礫によって塞がれていたのだ。
その事実に、冬獅郎は激しく舌打ちをした。
逃げ道がない。
それに、万が一逃げることが出来たとして―――それでいいのか?
自分たちが逃げた後、あの虚が他の人間を襲わない保障はない。
むしろ、そうなる可能性の方が大きいような気がした。
冬獅郎の懸念を悟ったのか。
胸元から、痛みをこらえた―――静かな声が聞こえた。
「あなたの、考えどおり・・・あいつは、ここで倒すべき、です・・・っ。だから―――あなたの、霊的素質の高さを見込んで、お願いがあります。」
「何?」
「―――あなたに、あいつを倒して欲しいんです。”死神”になって。」
「・・・何、だと?」
言葉の意味が理解できずに、冬獅郎は問い返した。
女は、右手に握り締めていた短めの刀をゆっくりと持ち上げてみせた。
「・・・・・・・・この刀をあなたの胸の中心に突き立てて、そこに私の力を流し込むんです。」
「そうすれば・・・俺が死神になれるっていうのか?」
ただの、人間に過ぎない自分が?
半信半疑な冬獅郎に、女は強く頷いた。
「どの人間でもできることではないです。けど・・・”あなたなら”なれます。」
嫌に確信の篭った響きだった。
「本当に・・・?」
「失敗すれば、死ぬでしょうね。・・・少しでも刀が胸の中心からずれてたらおしまいです。」
さすがに、その言葉には思考が一瞬停止した。
だが。
女は―――そんな冬獅郎に向かって、穏やかに微笑んでみせた。
「安心してください。私が、この命に代えても、あなたを殺したり―――殺させたりなんてしませんから。」
全身を血で濡らしながら、それでも自分に向かって微笑みかける女の顔を―――冬獅郎は半ば呆然と眺めた。
躊躇っている自分が情けなくなるほど―――その姿は潔く。
思わず魅入られてしまうほど、美しかった。
「・・・・・・お前を、信用する。迷ってる暇はなさそうだしな。」
呟いた冬獅郎に、女は―――どこか寂しげな微笑みを浮かべて。
「お前、じゃありません。私の名前は――――――・・・・・・松本乱菊です。」
そう、名乗った。
”松本乱菊”
彼女によく似合っているその名前。
―――どこかで聞いたことのある響きだ・・・と、冬獅郎は頭の片隅でそう考えた。
それがどこでなのかは、思い出せなかったが。
「・・・俺は日番谷冬獅郎だ。互いに無事生き延びられたら、この礼は幾らでもしてやるよ。」
本心から、冬獅郎はそう告げた。
そうして。
冬獅郎の体に刃が突き立てられた――――――。
.