Short Story

□Realize?
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 最後まで話を聞いた七緒は、堪えきれずにぷっと吹き出した。
「そ・・・それは、大変でしたね・・・っ」
「な、何がそんなにおかしいのよーっ!!」
 珍しくも楽しげにクスクスと笑い続ける七緒に、顔を真っ赤にさせたままの乱菊が怒鳴る。
「だって、乱菊さんがすごく可愛いから。」
「はぁっ!?やめてよね!全っ然そういうのじゃないんだからっ!」
 七緒のからかうような台詞を、乱菊はきっぱりと否定した。
 さらに続ける。
「大体ねー!隊長だって絶っ対そういうのじゃないわよっ!単に一番近くにいるのが私だから―――ってことでしょっ!!」

 七緒はぴたり、と笑うのをやめた。
 今―――ものすごく不穏当なことを言わなかっただろうか、この人は。
 まさか、という考えが首をもたげてくる。
 七緒は恐る恐る口を開いた。
「・・・・・・もしかして、乱菊さん。まさか、日番谷隊長がただの興味本位とか・・・性欲で貴方のことをそういう目で見ていると思ってらっしゃるんですか?」
「え・・・。だって、そうじゃない。昔っから、あの人が好きなのは雛森でしょ。」

 ―――――――――唖然。
 予想通りの言葉に、七緒は再び額に手を当てた。
 ・・・何故、この人は自分のことになるとここまで鈍くなるのだろう。

 確かに、日番谷は雛森に対して過保護だ。
 それはもう、わかりやすいほどに。
 だがそれは、兄が妹にするような、弟が姉を心配するような、そんな微笑ましいもので。
 
 そして―――それとは違うわかりやすさで、彼は己の副官のことを気にかけている。
 彼女が飲み会に参加するときはどんなに忙しくても迎えにくるし、文句を言いながらも彼女のわがままなら大抵叶えてあげている。
 そんな感じで―――昔から日番谷は乱菊に甘かった。
 幼い頃は無自覚だったのかもしれないが、外見の成長とともにそれが形の確かなものに変化していったのだと、七緒でも理解できるというのに。
 なのに、彼女だけが日番谷の想いに気づいていない。
 他のことなら、上司のささいな変化にまで気を配ることができるというのに―――これでは、日番谷隊長も浮かばれまい。
 
 頭を抱えながら、どうするべきか、と七緒は思った。
 ここで乱菊の思い込みを否定しても、彼女は納得などしないだろう。
 それどころか余計に意固地になる恐れもある。
 
 悩んだ七緒の脳裏に、ふと数日前のことが蘇る。
 ・・・それを伝えてみるか、と七緒は思った。
 少しばかり荒情事だが・・・意外に上手くいくかもしれない、とそう思って。

「・・・わかりました。乱菊さんがそうおっしゃるなら、私から京楽隊長にお願いしておきます。」
「お願い?」
 きょとんと聞き返す乱菊に、七緒は意味深な視線を送り―――おもむろにそれを伝えた。
「ほんの二、三日前にウチの隊長と浮竹隊長が話しているのを聞いてしまったんですよ。近いうちに、日番谷隊長を連れて花街にでも行こうかと、そう言っていました。」
「―――――――――――――――は?」
 一瞬、何を言われたかわからなくなったかのように、ピシリ、と乱菊の顔が固まった。 

「成長したら、そんな遊びも必要になるからって、そう話していました。聞き逃すことはできなかったので、その場で私が厳しく諌めておいたんですが―――乱菊さんがそれほど困っているのなら、私の方から隊長にお願いしておきます。日番谷隊長を花街に連れて行ってくださるようにと。」
「ちょ、ちょちょちょちょちょっと待ってよ!何でそんな話になるのよっ!!?」
 見る見るうちに表情を険しくさせて、乱菊が七緒に詰め寄る。
 七緒はそんな乱菊に、飽くまで穏やかに微笑んでやった。
「手っ取り早くそういったところで欲を沈めることを覚えれば、日番谷隊長も乱菊さんをそういう目で見ることもなくなるでしょう?」
 ―――何せ、日番谷隊長の乱菊さんに対する感情は、ただの”性欲”なんですから。
 言いながら、七緒はこれ見よがしに伝令神機を取り出してやった。
 凍りついたように固まっていまっていた乱菊は、その行動にはっとなって―――混乱しながらも大声で叫んでいた。

「―――ダメっ!!!絶対にやめてよっそんなの!!そんなことしたら許さないから!!!」

 叫んだ瞬間、乱菊は自分の言葉に愕然とした。
 ―――頭で考えるよりも先に。
 心が――――――そのことを拒否していたのだ。





 自分の言葉に呆然となってしまった乱菊の様子をしばらく眺めた後。

「・・・乱菊さん、いい加減自分を誤魔化すのはやめたらどうですか?」
 七緒は、伝令神機を元の場所にしまいながら微笑んだ。
「それに、日番谷隊長は単なる興味で、部下に対してそういうことができる方じゃありませんよ。」
 ―――あなたにだって、わかっているでしょう?
 優しく言い聞かせるように言われて、乱菊はゆっくりと崩れ落ちるかのようにその場に座り込んだ。

「・・・うるさいわね。」
 乱菊は、膝を抱え込む形でうずくまると、七緒から視線を逸らした。
 そんなことは、とっくに知っている。
 だが―――認めることがものすごく怖かったのだ。
 だから、無理やりにでも自分を誤魔化しておきたかった。

 
 いじけた様子で背中を向ける乱菊に、七緒は苦笑を禁じえなかった。
 ―――その様子はまるで拗ねた子どものようで。

 
 日番谷隊長も、きっとこの人のこういう子どもっぽいところが可愛くて仕方がないのかも知れない。
 いや―――こういうところも、か。
 そう思いながら、七緒はいじける乱菊の背中に向かってとどめとばかりに声をかけた。
「私から隊長に進言するのは止めておきますが・・・あのお二人のことですから、本当にこっそり日番谷隊長を連れ出すこともあり得ますよ。そこまで私に責任持てませんからね。」
 ―――もしかしたら、すでに手遅れになってたりしても知りませんよ、と。

 揶揄するように呟くと、乱菊の背中が傍目にもわかるほどにピクリと震えて。
 七緒は思わず、笑ってしまった。
 乱菊はクスクスと笑う七緒を、顔を真っ赤にさせて睨みつけると。
「―――っ!七緒の意地悪っ!!」

 それだけを叫び、帰り支度もそこそこに慌しく外へと飛び出していった。



「頑張ってくださいね。」
 からかいの言葉とともに乱菊を送り出しながら。


 ―――近いうち、日番谷隊長に何か奢ってもらおうか、と。
 七緒はそんなことを考えていた。








<終>
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