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□Siren *
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「今日は積極的さね、アレン」
「………」
馬乗りになった恋人がしゅるりと自分のタイを外してオレの手首に巻き付ける。今日はこういう趣向なんさ?と問いかけても、アレンはまた、何も言わなかった。
す、と白い指を胸に沿わされて口許が吊り上がる。久しぶりのアレンとのセックス。
自分が上じゃないってのは少しばかり残念だけど、アレンがしてくれるっていうなら大歓迎さ。
髪に、頬に、首に、肩に、戯れるように触れてくるアレンの手に擽ったさを覚えながらいつもとは違う眺めに期待が高まる。
今日のアレンは可愛いというよりもどこか纏う雰囲気が妖艶で、揺れる髪に、覗いた首筋に魅せられた。
「綺麗さ」
そう溢すとアレンがぴくりと反応する。突然部屋を訪れたアレン。来るなりベッドの上に押し倒されて腹の上に跨られた。
「……?」
ゆっくりと上げられた顔に違和感を覚える。何故だろう。アレンがいつもと、ちがう。銀灰の瞳に静かに射抜かれて全身が冷たくなるのを覚えた。久しぶりに、アレンの顔を見た気がした。
「その女性にも言ったんですか?」
「は…?」
アレンの言ってる意味が分からなかった。す、と背筋を伸ばしてアレンはいう。傾けられた顔が妙に不気味だった。
「綺麗だよ、って」
僕に言ったみたいに。
状況を理解できないオレにアレンが目を細めて続ける。
「ここまで言わなければ分かりませんか?それともラビにとってはその女性も、その程度のものだったということですか?抱いたんでしょう?任務先で。金色の髪をした女性を」
「ッ……!?」
息が詰まる思いだった。どうしてアレンがソノコトを。分からない訳がない。アレンが言いたいのは――。
「僕が知らないとでも思いましたか?その顔、思い当たることがあったみたいですね」
「ちがう…!あれはっ……」
「見苦しいですよ?何が違うんですか?」
抱いたくせに、この手で。
アレンがオレの、頭上で縛られた手を指して言う。
違わない。数日前に終えた長期任務。その任務先で確かにオレは――女と、寝た。
アレンの言う通り金髪の女と。魔が差したといえばそれで終わり。本当にそれだけだった。
その任務の前からも、アレンとは行き違いが多く会えない日々が続いていた。そこで入った長期任務。その先で見かけた金髪というよりは白に近い髪を持った女。どことなく似ていた。
娼婦にしては短い髪。好みじゃなかった薄い身体。
足が向かったのは無意識で。遠隔地だった。バレるはずがないと思ってた。一夜限り――オレはその女と寝た。
「気持ちよかったですか?女性と寝るのは。もう僕のことなんてどうでもよくなるぐらいに」
おかしいと思ったんだ、アレンの悲痛な声がオレの胸を締め付ける。
「いつも…任務から帰ってきたら真っ先に会いに来てくれるのに。待ってたのにっ……来なかった。やっと会えたと思ったら、目も合わせてくれない。僕のことを、見ようとしない」
「そんなっ……」
「自覚なかったんですか?たち悪いですね」
「アレン……!」
違うと言いたかった。オレのしたことは最低だ。確かに、後ろめたさもあった。アレンの顔を見られなくなったのはいつからだ。ただ、本当に――。
女と寝たかったわけじゃない。もしそうだったらきっと、あの金髪を選んではいなかっただろう。
あの女としてる時、オレに見えてたのはアレンだった。
けどそんな違いを、アレンに分かって欲しいなんてとんでもない我が儘だ。
「僕にはもう飽きましたか?」
「ッ……」
「それなら言ってくれれば良かったのに」
「違う…!!」
アレンの瞳が鉛のように曇ってる。全てのことがどうでもいいような、そんな顔。
アレンが吐き出す言葉の全てがオレの胸に突き刺さって取れなかった。
「ごめん…ごめんっ……」
「そんな言葉、いりません」
「っ……辛かったんさ…、ずっとアレンと会えなくて、できなくて…。本当に……。正直、溜まってたんさ…」
「………」
「アレンも男なら分かるだろ?身体重くなって……、それで…」
「へえ。じゃあラビは僕に、他の男に抱かれろっていうんですか?」
「っ……!?」
頭を打たれるような衝撃にハッと顔を跳ね上げた。
「辛かったのは自分だけだとでも思ってるんですか?」
アレンの顔は泣きそうなのに少しも涙が出ていない。
「人のこと散々弄んどいてよく言いますよ」
「アレン…!!ごめん…!話をっ…」
「もう、何も言わないで」
これ以上、僕を見ないで。
「なっ……」
アレンの冷めた言葉が耳に届くと同時に視界が真っ暗になる。しゅる、と耳元で鳴る音にリボンのようなものを巻き付けられたことを悟った。
触れることも、見ることも叶わない。
「これで、最期だから」
なんのことだと聞き返す間もなく、カチャリと響いたベルトの音にハッとした。外気に晒された自身に息を詰める。ぴちゃ、と先端を舐められて全身が一気に熱を上げた。
「アレンっ……やめ、ろっ…」
本当に久しぶりのアレンの感触。熱い口内とざらついた舌が必死にオレのを咥え込んで、入りきらない分は細い指が扱いてくれる。
巧い、というか巧くなった、させた。何も知らなかったアレンをここまでしたのは紛れもない自分だった。それなのにオレは――。
「離せっ……アレン…イ、く……ッ!」
相手がアレンだってだけでここまで違うのか。遮られた視界の中で予想できないアレンの動きに翻弄される。やんわりと握り込まれながら裏を擦りあげられて呆気なく達してしまった。アレンは大丈夫だろうか。
「っ………ぁ……」
「アレン…?」
「ぁ……っふ……、は……ぁ…」
聞こえるアレンの喘ぎ声。それだけでまた自分のものがゾクッと勃ち上がるのが分かる。まさか、とは思ったけれど、まだ全然慣らされていないそこに宛がわれた感覚に身の毛がよだつ。
「アレン!?やめろっ……そんなこと、絶対ッ…つらいのはアレンさ……ッ」
「ぁ……ラビは…、聞かないんですね?」
「ッ……ぁ…アレン?」
「どうして僕が、任務先のラビのことを知っていたかですよ」
興味もないですか?と笑う気配がする。確かに不思議だった。でも、聞けるわけない。
「はっ…ぁ……、教えてあげますよ。ラビと一緒に行ったファインダーさん。ジル、って言いましたっけ?あの人」
ラビの様子がおかしいと思い始めていた時、丁度食堂で彼を見つけたんですよ。だから聞いたんです。
任務から帰ってきてからというものラビが冷たいと。
「泣いて聞いたらっ……すぐに教えてくれましたよ…?」
「ッ…」
ゆっくりと身を沈めながらアレンは続ける。ジル。確かに自分に同行したファインダーだ。
「宿を抜けて歓楽街に行ったって…金髪の女と歩いてるとこを見たって……」
アレンの声が震えてる。それが悲しみからなのか痛みからなのかは分からない。
アレンの中は案の定まだ自分を受け入れるには狭すぎて、それでも無理に挿れようとするからギチギチと嫌な音がする。苦しい。でもきっと、アレンはオレよりもっとつらいはず。
「――その時、」
「っ……は……、くっ…」
「彼に、ラビさんなんかやめて俺にしろよって…」
言われました。
「話を聞いたあと、部屋に連れていかれましたけど」
そんなこと、ラビには関係ないですよね。
アレンッ――!!そう喉が裂けるぐらい叫びたかった。けれどどうにか全部を受け入れ切ったアレンが腰を動かして、オレは奥歯を噛んで与えられる快楽をやり過ごすしかできなかった。
「ッ……殺してやるッ…!アイツ…!!」
「ぁ…そんなこと言えるっ…立場じゃないでしょう……?」
先に裏切ったのはオレの方。でも腹の底が渦巻く。怒りが込み上げてきて抑えられなかった。
「はっ…ぁっ……ひゃっ…あ……!」
「ッ……くっ…ぁ……」
先走りで徐々に滑りがよくなっていく。先ほどまでの辛さはもうなかった。
いつもは心地いいはずのアレンの声も、他の男の前でも鳴いたのかと思うと耳を覆いたくなる。きゅ、とオレの服を握ってアレンは腰の動きを速めた。
「ッ…!」
もう一度絶頂が近いことが分かる。けど今は感じたくなかった。
「ぁ…ぁ…ひぁ………」
アレンの身体がぶるりと震える。ボタボタ、と腹部を濡らす温かな体液。締まる中にオレはきつく目を閉じて欲を吐き出す。
いつもアレンと向かえる快楽はあんなにも満たされて心地よいのに、今はただただ悲しかった。
「………」
アレンがずるりと自身を中から引き摺り出す。ん、と小さく呻く声がした。
オレの中で全てが終わったような気がした。泣いているのだろうかオレは。それすら分からないぐらい頭は考えることを拒絶する。
「っ………」
ああ、アレンが泣いてる。アレンにはいつでも笑っていて欲しかったのに。その為ならなんだって出来ると思ってたのに。
泣かせたのは、オレ。もう伸ばす手も、かけるべき言葉もなかった。
どん、どん、とアレンの拳がオレの胸を叩く。ごめんな、そう言ってやりたかった。
「うそっ……」
「アレン…?」
「抱かれたなんてっ……嘘ですっ……」
「え……?」
「部屋には、行きました…」
ラビに捨てられて、もう全てがどうでもよかった。
「でもっ…、押し倒されたときに突然怖くなって……っ、逃げ出しました……」
アレンの涙が胸を濡らす。聞こえる嗚咽。どん、ともう一度胸を叩かれる。
僕には、ラビだけだったのに――。
消え入るような小さな声だったけれどオレの耳には確かに届いた。オレにもアレンだけだった。
「っ……」
アレンが顔を上げてベッドから降りる気配がする。
「さようなら」
す、と手首から解かれる枷。自由になった手で後ろの結び目をそっとほどいて目隠しを外した。
ひらりと離れていく赤
オレの手に残る黒
だめだと思った。手のひらに横たわる黒いリボンが妙に不吉で。オレの意識の底に何かを呼び掛ける。
だめなんさ。オレはアレンと離れちゃいけないんさ。
「アレン!!」
ドアノブに手をかけたアレンの手に自分の手を重ねてそれを止める。振り向かせてドアに押し付けた。こうでもしないとアレンは話を聞いてくれない。
「離してっ……!」
「いやさ……アレン、聞いて…。オレの……、言い訳を」
アレンがいやいやと首を振る。今言わなければいけない気がした。
「本当にっ……すまなかったさ。ごめん、アレン…」
やっと決意できたのに、そんなこと言わないでと暴れるアレンを抱き締める。
「その子…アレンに似てたんさ……。少しだけ、だけどな…」
細い腕がオレの肩を押す。
「ごめん、オレはアレンを裏切ったっ……。何でだろうなっ…なんで……こんなに愛してくれるお前がいるのにっ……」
こんなろくでもないオレを。
「アレンが許してくれるなら、なんでもするさ」
だからオレにお前を好きでいる権利を許してほしい。
「っ…!!じゃあ靴!舐めてください!!」
「――ああ、」
アレンの前にかしずくように膝を折るとアレンは慌てて後退る。けれど踵が虚しくドアを蹴っただけで下がることなんて出来ない。
靴に顔を寄せる。こんなことで許されるなんて思ってなかった。ただアレンが願うから。
「ラビっ……!!」
「ッ…!」
突然肩を押されて後ろに倒れる。思いきりぶつけた腰が痛んだ。だって体重は二人分。アレンがオレの首に抱きついて耳元で嗚咽を漏らす。
「バカじゃないですかっ……どうしてっ…、どうしてそこまでっ……」
「……バカとはひどいさ。アレンが言ったのに」
「本気でやるなんて思いませんよっ……!なんでラビなんですかっ……」
あ、あ、と泣き出すアレンの頭を優しく撫でる。なんでラビなんですかとは更にひどいもんさ。
ごめん、オレはもう一度そう言ってアレンを抱き締めた。
「次っ…浮気なんてしたら許さないですからね……」
「ああ、許さないで。オレも許さない。相手の男を殺しに行くさ」
「僕といる時に…綺麗な女性を目で追うのもっ……」
「努力する。だからアレンはオレだけ見てて」
そんなっ、と顔を上げたアレンに唇を重ねた。深く舌を入れてアレンのそれと絡め合う。ふ、と鼻に抜ける可愛い声に薄く笑った。
角度を変えて何度も何度も口づけを交わすとアレンの瞳が溶けていく。
「んっ……、はっ……」
「もう二度と、あんな顔はさせないから…」
約束する。
傍らに落ちていたアレンの赤いタイを拾い上げて、そっと握り締めた。
オレたちはきっと、離れては生きていけない。
fin. 20120218