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□例えばそんな始まり *
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「入れ」
「………」
「……」
「……またお前か」
「そ、そろそろ兵長がお茶でも飲みたくなる時間なんじゃないかな〜なんて」
「……」
「………」
「……さっさとしろ」
「はいっ!」
あれからと言うものオレはことあるごとに兵長の執務室に逃げ込んだ。
勘違いしないでくれ、最初の二回は本当に偶然だったんだ。
身の危険を感じたら無意識の内に足が兵長の部屋に向かっていた。
思ったんだ、世界で一番安全な場所は何処なのか。
それはウォール・シーナの中でも薄暗い地下でもなくて人類最強の側なんじゃないかってきっと本能が。
最初は部屋に押し掛ける度に露骨に嫌な顔をされたけど最近は少しはましになったんじゃ…なんて勝手に思っていたりする。
そんな兵長に甘えているようでいい気はしなかったけれど背に腹は代えられない。
たまにミケ分隊長がこの部屋を訪ねることがあったけど兵長の前では無闇に近づいてくるようなことはしなかった。
いつもの場所からカップを取り出そうとしてふとそれが新しい物になっていることに気が付いた。どうやら新調したらしい。
「………」
きっと、兵長は気づいてる。ミケ分隊長が来る度にオレがここに来ていることぐらい。
でも何も聞いてこない。
それが優しさからなのか、はたまためんどくさいだけなのか。きっと後者だと思うけどほっとしていた。
「どうぞ!」
「……ああ」
「あ、熱いので気を付けてくださいね!」
「………」
物言いたげな視線にも慣れてきた。いちいち怯えず笑顔で受け止められるぐらいには。
「……」
「兵長はまたこのあと会議ですよね…、」
「………」
「兵長が嫌じゃなかったら…、またこの部屋掃除しててもいいでしょうか……」
「………好きにしろ」
すみません、思わずそんな言葉が溢れかける。この口実もいい加減辛くなってきた。
「…エレンよ、ついでに洗濯も頼まれろ」
「はい」
「机の上には触んじゃねーぞ」
「はい」
「……そういや、こないだあのクソメガネがそこの床にカップごと茶ぶちまけやがったから――」
あ。
不思議なぐらいに自然とその光景が頭の中に思い浮かんできた。またあの人はどうしてそう生き急ぐようなことばかり。
どうりでコップが新しくなっているわけだ。兵長の思い出すだけでも忌々しいとでも言いたげな眉間のシワにそういうことかと苦笑する。
「はい、ばっちり掃除しておきます!任せてください」
自分で言うのもなんだがここしばらくで随分掃除の技術も手際も上がった気がする。
「………」
「……?」
中途半端に開かれた唇は言葉を発することなくまた閉じられた。
それでも兵長の瞳がオレから逸らされることは無かった。