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□side by side
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犠牲があるから救いがあんだよ。
ユウが自身への戒めのように時折放つこの言葉が本当なら、お前はいつでも「犠牲」を選ぶさ。オレはそれが怖くて怖くてたまらない。いっそこの手で閉じ込めて、どこへも行けないようにしてしまおうか。オレが守るから、どこにも行かないで――。
「アレン!どうしてあんなことしたんさ!?」
「彼らを救うためには必要なことでした」
コートを脱ぎながら目も合わせず淡々と返されるアレンの言葉にますます頭に血が上る。ベッドの上に脱ぎ捨てられたコートはボロボロで、アレン自身も至る所に傷を負っていた。
(どうしてなんさッ…!)
荒れ狂う怒りをぶつけるように腕を思い切り横に振り壁を殴り付ける。拳に感じる痛みすら、今はどこか遠かった。
今回の任務はとある町外れの森林で目撃されたアクマの破壊と、周辺地域の調査だった。日中であろうと薄暗い森の中に草木を掻き分け入り込んですぐ、アレンの左眼に反応があった。それもかなりの数が潜伏していたようで瞬く間に空は無数のアクマで覆い尽された。一斉にこちらを向く銃口に避けきれないと悟ったオレらは、素早く武器を構えて起こり得る衝撃に備えた。
けれどその時、不意に背後から引き攣った声が聞こえて、反射的に振り向くとそこには崩れ落ちる老人とただ唖然とする幼い少女がいた。
『ッアレン…!!』
オレが叫ぶより早くアレンは敵に背を向けて、彼らの元へと駆け出した。刹那、アクマの銃口が怪しい光を集め、次々に発砲を繰り返す。下手な鉄砲数打ちゃ当たると言わんばかりに、雨のように降り注ぐ弾丸が木を薙ぎ、土を抉り、イノセンスを地面に突き立て耐えるのがやっとだった。
『ッ…!ア、レンッ……!!』
最後に見たのは自らを盾にして彼らを庇うアレンの姿。いくらアクマのウイルスに耐性がある寄生型だからと言って、銃弾をもろにくらえば命はない。こんな時に限って悪いことばかりが頭を過る。最悪の事態を想像して目の前が真っ暗になった。
『…許さない』
自分のものとは思えないほど低い声が腹の底から湧き上がる。一次を撃ち終えたアクマの弾丸が少しの間だけ止んで、嵐のようだった視界が僅かに開けた。今しかないと槌を引き抜き、怒りに任せて大きく振るう。
『――劫火灰塵、火判!!』
巨大な蛇がとぐろを巻きながら空へと昇りアクマ達を次々に破壊していく。それを最後まで見届ける余裕もなくオレはアレンに駆け寄った。
そこには傷だらけになりながらも泣きじゃくる少女を宥めるアレンがいた。もう大丈夫ですよ、と笑うアレンの笑顔に恐怖すら覚えた。
(どうして…)
どうして自分の死すら厭わず他人のために弾丸の雨の中に飛び込むことが出来る。
(オレがどんな気持ちで…)
さあ早くおじいさんと家に、そう言って少女の後ろ姿に手を振るアレンに、気が付いた時には掴みかかっていた。
『っ……!?』
『…ッ自分が何したか分かってるんさ!?もう少しで死ぬとこだったんだぞ!?』
『ラビ…。体が、勝手に動いたんです。あれだけの数のアクマを一人で倒してくれたんですね』
ありがとうございました、そう言われて全身から力が抜けた。宿までの帰路の途中もひっきりなしにアレンを責め立てたけれど、返ってくるのは当たり前だとでも言いたげな返事ばかり。
(そんなこと言いたいんじゃないんさっ…)
体が動いたとか仕方がなかったとか、そういうことじゃない。もっと自分を大切にして欲しい。ちゃんと自分のとった行動について考えて欲しい。あの時、オレだって隣にいただろう。ただ、それだけなのに――。
ふと鼻をつくアルコールの匂いにゆっくりと腕を下ろして振り返る。アレンが応急処置用の薬品や包帯を並べてベッドに腰掛けていた。捲られた腕だけでも、無数の傷跡が刻まれているのが見えて目を覆いたくなる。
運よく直撃は免れたものの弾丸の破片や爆風で飛び散った木の枝や石で切ったのだろう。いつもは陶器のように白くなめらかな肌が、今は見るも無惨にズタズタだった。
「…傷だらけさ」
「これぐらい」
大したことじゃないですよと、それよりたまたま居合わせてしまった不幸な彼らを救えてよかったと口にするアレン。その顔は心底幸せそうで、一層オレの胸を不安にさせた。
「そんな顔しないでください」
ふと寄越された視線にはっとする。
「分かってはいるんです…僕が勝手な行動をする度に仲間に迷惑がかかってる。でも――」
「分かってないさ!アレンは何も分かってないッ!!」
声を荒げて言うとアレンは一瞬体をびくつかせた後、あからさまに顔を顰めた。けれどそんなことに構っていられるほど今の自分には余裕がない。
「迷惑ならいくらかけられても――」
「どうしてラビにそんなことまで言われなきゃいけないんですか…!これが僕の選んだ道なんです!」
立ち上がったアレンにキッと睨み付けられる。お前には関係ないとでも言いたげな怒りを含んだその瞳に、頭の中で何かが切れた気がした。
(なんだ、やっぱり何も分かってねェさ)
どこか遠い意識のまま一歩、また一歩とアレンに近付く。訝しんだアレンがオレの名を呼ぶけれど、その声すら曇って聞こえた。