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□Not at all
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最悪だ。
どうしてよりにもよって『この日』に教団にいなければならないのか。わざわざコムイに頼んで長期任務を入れてもらったというのに、まるで無意味だった。
思いの外早く片付いた今回の任務。そのまま滞在してやろうかとも思ったが幸か不幸か今回は当たりだった。回収したイノセンスを持ったまま単独で行動するのは危険過ぎる。ファインダーに運ばせるにしろどのみち護衛として自分がついていかない訳にはいかなかった。
『誕生日おめでとう』
報告書を提出しに行くなりコムイにそう言われた。司令室の前で出くわしたリナリーにも、廊下ですれ違った科学班のやつらにも口々に『おめでとう』と言われた。
返す言葉が分からない。
何がめでたいのか分からない。
厳密に言えば俺は『誕生』などしていないのだ。人の手によって作られた人間。人造使徒。
誕生日と言うぐらいなら『製造日』とでも呼んだ方が正しい気がする。その日から始まった地獄の日々。
生まれたことを心から恨んだ。
生まれてないやつらを心から妬んだ。
"Happy Birthday"
幸せなど、どこにあろうか。
俺だってガキじゃない。あいつらに他意がないことも、ただ純粋に誕生日とやらを祝ってくれていることも分かっているつもりだ。
それでも俺の神経を逆撫でするには十分過ぎた。
「………」
淀んだ気持ちを吐き捨てるように深い溜め息を吐きながら自室のベッドに座り込む。目元を覆うと冷たい自身の手が心地よい。けれど真っ暗な視界の中でも『おめでとう』と笑いかける仲間の姿が目に浮かんだ。
卑屈な考えしかできない自分にもいい加減うんざりだ。けれど胸に巣食う言い様のない気持ちはどうしよもなかった。
「神田ー?」
その時ノックの音と俺を呼ぶ声がした。ドア越しだったが男にしては高い声にすぐに誰だか検討がつく。
「モヤシ…?」
「アレンです!…入りますよ?」
答えるよりも早くガチャリとドアが開いて白いあいつの髪が覗いた。銀灰の瞳が俺の姿を認めて嬉しそうに細められる。
「何の用だ…」
嫌な、予感がする。
「神田に、言いたいことがあって」
お前まで。
「教えてくれてもよかったじゃないですか」
あの言葉を言うのか。
「神田、」
「出てけ…」
聞きたくない。
「出ていけ」
「神田」
聞きたくない――ッ。
「誕生日ありがとうございます!」
「………は?」
流れる沈黙。自分でも相当間抜けな声を出してしまった気がするがそんなことはどうでもいい。
ニコニコと満面の笑みを浮かべているこいつは正気かと疑う。それとも俺の耳がおかしくなったのか。
「何ですかそのリアクション!今朝知ったからプレゼント用意できなくて…」
だからせめてとお祝いを言いに来てあげたのにとむすくれる。それは分かった。だが今こいつは…。
「お前…」
「聞いたんです。ラビとリナリーから」
神田が今日、誕生日なこと。
「神田が、自分の誕生日をあまり好きではないこと」
「っ……」
だから、と真っ直ぐな瞳が俺を見る。
「僕はお礼を言いに来ました。神田が嬉しくなくても、僕は今日という日に神田が生まれて来てくれて嬉しかったから」
向けられる微笑み。すとん、と胸の中に何かが落ちる。
「リナリー達も同じ気持ちです。でも神田がこの日にあんまり嬉しそうな顔をしないのは知ってるから、本当は盛大に誕生日パーティーしたいのは我慢してるみたいですよ」
誰かの誕生日の日は美味しい物が沢山食べられるから楽しみにしてたのに、と言われて何だそれはと口元を緩める。不思議と胸のわだかまりは消えていた。
「ありがとうございます、誕生日」
「アホくせェ」
「違いますよ」
「…どういたしまして。これで満足か?」
「いちいちムカつきますね、神田って」
クスクスと笑い出すそいつに、いつの間にか俺も笑っていた。
お前に返す言葉なら、簡単に見つかった。
「敵わないな」
「え?」
「何でもねェよ」
腕を引いてぎゅっと抱き締める。こいつがいるなら今日という日もそう悪いものでもないかもしれない。
「ちょっとっ……あ、の…神田?」
「どうかしたか?」
後ろにはベッド。前には恋人。悪くない気分だ。
「祝ってくれるんだろ」
さて、プレゼントを貰うとしようか。
fin. 20110606