log

□学パロ[通学] 神田ver.
1ページ/1ページ



「降りますか?」
「いいっ……」


そんなに急な坂道ではないにしろ二人分の体重となると少しばかりキツい。乗せてるのがコイツじゃなかったら坂の半分も来れなかっただろう。
凄まじい向かい風の日みたいに重たいペダルを踏みつけるようにしてこぎながら、そんなことを考える。
立ってこぎたいのは山々だがそんなことしたら俺に掴まってるコイツが落っこちる。

「あと少しですよ!」
「わってるよっ……」

楽に言ってくれる。すぐそこで天辺に差し掛かって途切れている道をギロリと睨んで最後の力を振り絞った。
ったくなんで俺が…。ああコイツが体育で足挫いたとか言って廊下で右足引き摺って歩いてたからか。クソ、あんなとこに遭遇しなけりゃ今ごろ……。

「チッ……」

でも、もし、あそこで会わなかったら。ひょろいくせして強がりなモヤシは、意地でも一人で家まで帰っただろう。

『保護者の方に迎えに来てもらうことは出来る?』

そう言われてどうしていいか分からず大丈夫だと繰り返して保健室を飛び出してきてしまったらしい。生憎保健室など世話になったことがないから脳足らずな保険医の顔は思い出せないが今度会ったら舌打ちぐらいしてやろうと胸に誓う。

「っ………」
「わーっ」

後ろから弾んだ声が聞こえる。やっとのことで頂上にまで辿り着いて、ペダルが浮くように軽くなった。力を使い果たした太ももが熱を帯びているようにジンジンする。
ふー、と深く息を吐いてからモヤシと同じ方向を見て、目を細めた。

眩しい。見慣れた町が朱色に染め上げられていて。完璧な円を描く夕日が、目に写るどんなものよりもはっきりとした色彩でそこに存在していた。炎よりも穏やかで紅葉よりもっと深く色づいたオレンジ色の太陽。

「今日は天気が良かったですからね」
「ああ、」
「だからかもしれません。…体育、はりきり過ぎちゃいました」
「アホか」

首だけを後ろに向けて白い頭にそう言うと困ったような笑みを浮かべる。今日は言い返してくるつもりはないらしい。

「…いいのか」
「え?」
「足だよ足、怪我…」
「はい、大したことはないみたいなので」

今日一日安静にしてれば大丈夫です、モヤシの言葉にそうかよとだけ返す。ふいに腰に回された腕の力が増してぎょっとした。

「ありがとう…、」
「……気色ワリィ」
「明日も送っていってくれますか?」
「誰が」

クスクスと笑う小さな声が背中に触れる。緩めていたペダルを再びゆっくりとこぎ出すと次第に自転車が傾いていって下り坂に差し掛かる。こいでもいないのに増して行くスピード。

「わーっ」

今度は何だ…、そう思った直後に感じる頭皮の僅かな違和感。

「………」

風に靡く黒髪をモヤシが楽しそうに指に絡めては眺めていた。そんなことにわざわざ声を上げるのか。
風を切る度に、スピードを増す程に、鬱陶しい黒髪はひらひらと宙を舞って。それをそっと捕まえては幸せそうに笑う。

「見てください神田の髪!夕日で、いつもと違う色みたいです」
「…みれねーよ」

前を見据えながらそう返す。コイツの目に映る世界はいつだって――。

「わ…っ!」
「っ……なにやって」

小石を踏んで一瞬ガタリと浮き上がる車体。片手を離していたモヤシがバランスを崩して倒れかける。
咄嗟に後ろ手に伸ばした手は、パシリと音を立てて奇跡的にその細い手首を掴んだ。
そのまま強引に自分の腹に回す。

「転げ落ちたいのか?」
「すみませっ……」

むずり、とモヤシが背中に顔を埋めてくる。小さな額が触れているのが分かる。微かに震えているのも。

「…しっかり掴まってろ」
「は、はい…」

回された腕にきゅ、と力が籠って、急に大人しくなったのが可笑しくて薄く笑う。
小さな手のひらに触れられたわき腹が、妙に熱かった。

(……ああ、)

見上げた空はオレンジ色の太陽に染め上げられていて。町も、きっと俺たちも。

「………夏」
「え?ああ、そうですね、…もう、少し」

モヤシがそっと顔を上げたのが分かる。
俺たちは同じ空を見て、しばらく何も言わなかった。


夕日のような君の手に、焦れったさを覚えて。ちりちりと焼かれる胸には、まだ気づかないフリをした。

暑いのはきっと、夏のせいだから。



fin. 20120610

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ