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□学パロ[通学] デビットver.
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ガチャ


『送ってってやるよ…』


慌てて飛び出した玄関。縺れる手で鍵を閉めて駆け出そうとした瞬間、目の前のドアが開いて気だるそうな声と共に無造作に跳ねた黒髪が現れた。

『デ、デビット!』
『ちょっと待ってろ…、今キー取ってくっから』

鬱陶しそうに髪をかき上げて一度部屋に戻って行ってしまう隣人に目を見開いて立ち尽くす。
少しもしないうちにまたドアが開いてキーと二つのヘルメットを持ったデビットが出てきた。いつものタンクトップと左右で丈の違うスキニーに黒のライダースーツを羽織った姿で。

『あ、あの…!』
『うっせ!ジャスデロが起きんだろ。さっさと行くぞ』

ドカドカと、ヘルメットを肩に背負って古びたアパートの廊下を進んでいく背中を慌てて追いかけた。










お腹の中まで響くようなエンジン音。風を切って走る感覚が怖くって、でもどこか心地いい。

「振り落とされんなよ!?」
「はい!」

腕に込める力を強めて腰に抱きつく。デビットと自分の間に挟んだスクールバックがちょっと潰れるけど気にしてられない。

バイクに乗るのなんて初めてで、身体の変なところにまで力が入ってしまう。曲がる度に遠心力で本当に落っこちてしまいそうに感じて、でもデビットがたまに安心させるように僕の手に自分の手を重ねてくれるから不思議とそこまでの怖さはなかった。

引っ越してきたばかりの頃、挨拶に行って初めてデビットとジャスデロを見たときはとんでもない人の隣に越してきてしまったと、これからのご近所付き合いに頭を悩ませていたのを思い出してクスリと笑う。
パンクのきいた見た目とは裏腹に、二人ともスゴく優しくて。今ではもう頼もしい兄のように思っていた。

「………」

僕とデビットは二つしか違わない。でもデビットたちは高校には行ってなくて、本当なら同じ高校の三年生と一年生だったかもしれないのに。

でもそれは夢を追いかけてるからだって知っている。

聞いたときは驚いたけどジャスデロとデビットはバンドを組んでいて、それも最近ひそかに人気を集めているらしい。始めてからまだ数年なのに、数多といるバンドの中でも異例の速さで。

(……細い)

僕が言うのもなんだけど、男にしては細い腰。でも無駄なく鍛え上げられているのが服の上からでも分かるほど引き締まった筋肉をしていてちょっと羨ましい。やっぱり毎日ジムとか行ったりして鍛えてるのかな、なんてヘルメットの隙間から覗く項を見上げてふと思う。

やりたいことをやりたいようにやって生きていく二人をよく言わない人もいるけれど、僕は心底カッコいいと思う。
夢を追いかけて、手を伸ばして、それを掴もうと必死で努力しているんだから。

「オイ!灰高ってここだよな!?」
「そ、そうです!!」

必死でデビットにしがみついていたから気が付くのに遅れてしまった。いつの間にか学校のすぐ側にまで来ていて交通量の少ない脇道に入って歩道に寄せてバイクを止めてくれる。

いつもみたいに歩いてきていたら遅刻かギリギリだっただろう。おかげでSHRには余裕で間に合いそうだ。

「ありがとうデビット!」
「…おう」
「と、ところでどうして僕が遅刻しそうだって……わっ!」

ヘルメットが外せずにわたわたしていた僕の顎下から振り向いてきたデビットがパチンと留め具を外して頭からズボっと引き抜いてくれる。

「あ、ありがとう…」
「くあ〜朝からあんだけドタバタされりゃそりゃ気づくだろ」
「えっ!?」
「つかテメェ今日起きたとき『寝坊した!!』って叫んだろ」
「あっ…」

大きなバイクからどうにか降りたところで、手に持ったそれをハンドルにぶら下げながらニヤリと笑ってデビットがそう言ってきた。そういえば…。スクールバッグを抱いて俯く。アパートの壁は決して分厚い方ではないから必要以上に音を立てれば聞こえていてもおかしくない。

「っ〜たく、昨日も深夜までライブだったってのによ」
「すいませんっ…」
「…ま、まあ、別にいいけどよ」

バサっとヘルメットを脱いだデビットが乱れた髪を無造作に整える。

「あ〜あれだ、高校ってのは楽しいモンなのか?」
「え?」
「そこまでマジになって行くほどさ」
「……楽しい、ですよ」

突然の質問に思わず困ってしまう。楽しい、けど…。自分の意思とはいえ行かなかったデビットに楽しいというのは少なからず躊躇われて。でも楽しくないと嘘をつくのは違う気がした。

「へぇ〜先公とかウザくねェの?てかお前セクハラとかされてんだろ!?」
「ええ!?そんな、変わった先生もいるけど…皆さんいい人ばかりだよ」
「そうなのか?なんかあったらすぐオレに言っていいんだぜ!?ジャスデロと一緒にボコしに行ってやっから」

物騒なことをさらりと言ってのけるデビット。その顔は正義感に満ち溢れた子どものようで、本当に心配してくれてるのが嬉しかった。
でも本当に、学校は楽しくて。怖いことなんて何もなくて。
それを伝えたかったけどやっぱりデビットの前じゃ変な気を使ってしまって上手く言えなくて。どんな顔をしていいのかも分からなくなって視線が彷徨ってしまう。

「わっ……」

その時、頭をわしっと掴まれて促されるまま顔を上げる。

「…ワリィ。変なこと言ったかもしんねェ」
「デ、デビット…?」
「オレには分かんねーからさ……今度、聞かせろよ。オメーの学校のこととか色々」
「うん…!」

デビットの言葉が嬉しくて元気よく返事をした。それを褒めてくれるように大きな手がガシガシと頭を撫でてくる。

「いってこい!オレは帰って寝る!クソねみい!死ぬ!」
「本当にありがとう!いってきますっ」

デビットに手を振って校門に向かった。ひらりと振り返してくれたのが嬉しくて、また笑った。

今日も楽しいことがあるといい。
次に会ったとき、二人に何を話そうか。















「メシ買って帰っかぁ〜」

くあ〜と大きな欠伸を一つしてからメットをかぶる。帰ってきたのは明け方になってからだからさすがに眠い。
ハンドルを回そうとしたところで、ふと止まる。

「……」

視界の端で揺れたもう一つのヘルメット。これはいつも、ここにはない。
生まれてから必ずと言っていいほど一緒にいた片割れのものだからだ。

「そういや――」

今さらながら後ろからヒヒッ!と聞こえてくる笑い声がないことに違和感を感じた。


(ジャスデロ以外のやつを乗せたのなんて初めてじゃん…)


顔を上げてアクセルを吹かす。ブルリと震えてバイクが走り出した。


揺り籠の世界に、光指すとき。



fin. 20120610

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