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□鎌鼬 *
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それは音もなく。
「っ……ぁッ…!」
ドサッという音と同時に背中を強く打ち付け息が詰まる。
「お前の敗けだ」
降りかかる低い声。目を見開くと逆光に照らされた人影があった。必死で抵抗するけれど覆い被さった身体はびくともしない。突然、潰れるかと思うほどきつく肩を掴まれギリギリと骨が耳障りな悲鳴を上げた。
「…ッ!ぅ…ぁ…あッ」
「お前の敗けだ」
サスケ、そう名前を呼ばれ首筋から冷たいものが引いていく代わりに噛みつくようなキスをされる。
オレはまた――
敗けたのだ。
この世で最も忌むべき気配を感じて任務の途中なのも忘れて全力で走り出した。そこにいたのは漆黒の装束を纏った宿敵。
寝る間も惜しんで、血を吐くような思いで磨いた技をそれこそ死に物狂いで叩きつけた。
けれど、それは、届きすらしなかった。
パシリと手首を掴まれ逃れるより先に腹部に重たい一撃をくらう。内臓を抉るような痛みに目の前が真っ赤に染まった気がした。
そのまま地面に押し倒されて、情けなく引き攣る喉元にクナイを突き付けられる。
嗚呼――。
不思議と『殺される』という恐怖はなかった。
元から恐怖などありはしない。刺し違えてでもコイツを、イタチを殺せればそれで良かった。家族と共に死んでいたはずの命。殺す価値もないと、醜く長らえた命だ。今さら無くすことなど惜しくなかった。
ただ、そうでないことぐらい自分でも分かっていた。
『お前の敗けだ』
その言葉が指し示す意味。それを的確に汲んでいたからこそ恐怖など抱かなかったのだろう。そんな自分に吐き気すら覚える。
「ぁっ……、ッ…」
「いい声だ…」
生きているのかと疑いたくなるほど冷たい指先がするりと服の中に入り込んできて、手早く暴かれた肌が外気に晒されぶるりと震えた。
ここは奥深い森の中。誰もいやしない。
(何度目、だ…)
こうして蹂躙されるのは。冷たい指先に触れられて、冷え込む外気の中で、自分の身体が熱を持っていくのが分かる。惨めで、恥ずかしくて、どうにかなってしまいそうだ。
こんな姿、里の仲間が見たらどう思うだろう。
「何を考えている」
「ぅっ…な、んでも…っいいだ……ぁッ…!?」
突然自身を捕らえられて息を飲む。慣れた手つきで弄られてすぐに快楽の波に襲われた。相変わらず感じやすいな、と鼻で笑う相手をきつく睨み付けると懲りずに他のやつは試したか?などと聞いてくる。
「っぁ…っ、ふざけ、ンな……ッ」
「…ほう」
絞り出すように吐き捨てられたのはそれだけ。誰が好んでこんな真似を。言い返したいことは沢山あった。けれどこれ以上口を開けたら今にも女のように甘ったるい声を上げてしまいそうで出来なかった。
それすら見透かしたようにさも面白げに細められる瞳に見下されながら、先走りを溢す先端を指の腹で擦り上げられて呆気なく達してしまった。
いっそ殺してくれと何度思ったことか。
「ひっ…ぁ…ぁぁ…っ」
白濁に汚れた指をそっと後ろに宛がわれる。ぬぷ、と不快な感覚と共に体内に押し込まれるそれに力の抜けきった身体では抵抗もままらなかった。
(く、そ…ッ)
胸の内で悪態をつく。元から恐怖がないように。抵抗する気だってなかったことを隠すように。
負ける度に抱かれた。
初めは信じられなかった。自分を侮辱するためだと気づいて抵抗した。でも力の差は歴然で。
『お前は敗けたんだ』
だから抱かれろ。敗者に選択の余地はないのだと。抵抗する権利すらないのだと示唆されて。
回数を重ねるごとに自分でもよく分からなくなった。
「んっ…ぁ、はっ……ッぁ…ゃめ……んッ…」
憎くて、憎くて、より一層殺したくなった。許せない気持ちが肥大した。そのために腕を磨いた。
けれど、また。負けて抱かれる。
「そろそろか」
「ぁっ…」
物欲しそうな声を上げてしまったのが悔しくて咄嗟に下唇を噛み締める。それもすぐに、近づいてきた唇に舌を割り入れられ歯列をなぞりほどかれてしまう。
分からなくなった。
ある日ふと思ったのだ。必死で修行に励んでいた最中。
『何の、ために』
抱かれるために?
オレは――。そんなことない。一族を、大切な家族を殺したコイツが許せなくて。だから恨んで、憎んで追いかけた。
「力を抜け」
「ぅっ…あ…、ッ……!!」
指とは比べものにならないほどの質量を持ったそれが、自分の呼吸に合わせて埋め込まれていく。そっと膝裏を持ち上げられ深いところにまできて死ぬほど苦しい。
こんなこと、許されないのに。
「あ…んッ…ぁ、あ……っ…く…はっ……ぁ…」
「……っ…」
圧迫感から無意識の内に手が動いて何か掴むものをと彷徨う。でもそんなもの何もなくて。
突然始まった律動に驚いて咄嗟に実兄の首にすがり付いてしまった。
「……サスケ…」
それに満足そうに微笑んで、オレが弱いと知る耳元で甘く名を囁く。
最初は憧れだった。目標であり、越えるべき壁であり、何よりも尊敬していた。いつかは自分もと、願わずにはいられなかった。
それはある日を境に最も忌むべき存在に変わる。言われるがまま、恨んで憎んで。
ずっと追い続けてきた大きな背中。それに今、自分は、すがり付いている。
「…っあ…ッ、そこっ…ばっか……ッふぁっ…」
「好きだろ?」
もう何も、分からなかった。
重ねられた肌は自分のものと驚くほど似ていた。艶やかな黒髪から覗く熱い吐息を吐く顔も、憎たらしいくらいに自分とそっくりだ。
許されない。けれどそんな背徳心すら今は心地よかった。
「ひ、ぁ…っ、ぁっ…も…ゃめ…ッいく……ッ」
「……っ」
いけ、という言葉と同時に前もきつく擦り上げられ意識が飛びそうな程の快楽を覚える。
それは鎌鼬のように。
音もなく近づき傷を残す。
「ぁっ…ぁぁ…」
一羽のカラスが羽ばたいた。鬱蒼と茂る木々に隠された小さな空に。逆光に照らされた一羽のカラスが悠々と。
チカチカと、強烈な快感に目眩すら覚える。恍惚とする意識の中、意味もなくその空に向かって手を伸ばした。
掴むものなんて何もないのに。
『愛していた』
意識が落ちる寸前そんな都合のいい言葉が聞こえた気がした。
兄さん
殺したいほど愛してる。
大嫌いだと囁いて。
-終- 20110721
†