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□落ちた溜め息、届かぬ思い *
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キミの声が頭に響いて消えないんだ。













「っ……!?」
「………」
「オイ……、」

ガチャリと開いた寝室のドアにビクリと上体だけを起こす。廊下から射し込んだ光に目が慣れた頃、そこには見覚えのある影があった。

「……」
「…黒子、何の用だ」

俯いたまま何も言わないソイツに投げ掛ける。そう言えば少し前に合鍵を渡したんだっけか。相変わらずコイツの気配のなさには驚かされる。いつ入ってきたんだいつ。つかせめてインターホンぐらい鳴らせっての。

「聞いてんのか」
「………」
「…練習なら、来週から出る。キャプテンにも伝えておいた。ワリーが怪我が治るまで出るつもりはない」

黙りこんだままの黒子に眉を顰める。センパイたちに言われてオレの様子でも見にきたんだろう。見学には出ろ、その言い分は分かる。
ただ、今はそんな気分じゃなかった。出来ないバスケをただ眺めているより、考えておきたいことが山ほどあった。

「言いたいことがあんなら言えよ」
「……」
「…用がないなら、帰れ」
「っ……」

ぴくりと跳ねる身体。黒子が初めて反応を見せる。薄い下唇が戸惑うように噛み締められるのが見えた。
それでも、顔を上げようとはしなくて。オレのいる部屋には一向に入ってこようとしない。

(なんなんだよ…)

苛立ちが募る。コイツのせいじゃないのは、どこかで分かっていた。今、オレの中には苛立つ原因がありすぎるぐらいにあるから。

青峰からの敗北、自分の不甲斐なさ。

ベッドについた手の指先に、コツリと固いものがぶち当たる。寝に入るまで読むこともなしに読んでいた今月号のバスケ雑誌。
結局、内容なんてちっとも頭に入ってこなくて、息抜きにもなりやしなくて、すぐにベッドの上に放り出した。

だだっ暗い部屋の中、ひたすら天井だけを見つめて。
目を瞑ると蘇るのは、圧倒的な力の前に為す術もなく破れ去る自分と、仲間、無情にも鳴り響くブザーの音だった。

「なんなんだよ…」

溢れ出る思い。指先で手繰り寄せるようにそれを掴むと思いきり握り締めた。

「火神く――」
「用がないなら帰れよ…!!」

オレにだって一人で考えたいことぐらいある。
苛立ちに任せて雑誌を床に叩き付けると思った以上に大きな音が部屋に響いて黒子の肩がビクッと震え上がった。
その様子に謝るわけでもなく口から出たのは深い溜め息だった。

イラついてしょうがねェ。どれもこれもオレが弱いからだ。

視線を下げると嫌でも目に入るのはテーピングの施された両足。もっと、もっと、強くならなくちゃイミがねェ。

目ぇ覚ましてやる?
あの試合で目が覚めたのはオレの方だ。

「火神くんっ……火神くんっ……」
「のわっ……!」

ぼふりと感じた衝撃と肌に馴染む温もり。後ろに倒れ込みそうになるのをどうにか堪えて、鼻腔を擽る柔らかな匂いにやっと抱きつかれたことに気がついた。

「お、おい……」
「ごめんなさい……ごめんなさい……ボクが…、」
「っ……」

やんわりと腰の辺りを掴んで引き離した身体。
間近で見たその顔に、息が止まるかと思った。つか、止まった。
同じクラスの筈なのにコイツを見るのは随分と久しぶりな気がして。

痛々しいくらいに腫れ上がった目蓋。浅葱色の瞳はうっすらと赤らんでいて、いつもの、ウザったいぐらいに真っ直ぐにオレを見つめてくる意思の強い光は見る影もなかった。

「オマエっ……?」

泣いてるのか?

そう聞こうとして、違和感が止めた。そんなもんじゃない。どれだけの時間泣き続ければ、こんな顔になるんだろう。

元から細いのに、触れた腰はさらに痩せ細っているように思えた。

首に回されていた腕が温かさと共にゆっくりと離れていく。そのまま黒子が跪くようにオレの前で床に膝をついて驚いた。

生気の感じられない瞳。土下座でもするのかと慌てて止めに入ろうとした瞬間、黒子の白い手がオレのズボンに掛かる。

は?

呆気に取られている隙に前を寛げさせられて声を上げる間もなく上からそっと自身に触れられて息を飲んだ。

「黒子……!?」

小さな手がソレを取り出して包み込む。一瞬、怯えるように顔を歪ませたあと躊躇いもなく口を添わせた。柔らかい舌にヌルリと先端を舐められて、一気に下半身に熱が集まる。
足先にまで痺れるような甘い快楽が広がっていくようで、奥歯を噛み締めてそれに堪えた。

「くっ…ろ、こッ……」
「っ…ぁ……、ん……」

髪を引っ掴んで引き離そうとしても黒子はやめようとしない。薄暗い部屋にピチャピチャと卑猥な音が響いて頭がイカれそうになる。

(どうしたっつーんだよッ……)

コイツは潔癖なとこがあるから好んでこんなコトぜってーするはずがない。

白い指が、小さな口が、嗚咽を漏らしながらも拙い動きで懸命に行為を続けようとする。
たまに覗く赤い舌が扇情的に見えて仕方がなかった。

「っ……!」
「わ、りッ……」

目を瞑っても感覚が敏感になるばかりで逆効果だ。一層リアルに感じてしまった熱く濡れた口内の感触にズクリと自身が質量を増す。
苦しげに歪められたその表情にすら、快楽と優越感を覚える自分がいる。

柔らかな髪を掴んだ手は、もう引き離そうとしているのか押さえ付けているのか分からなくなった。

「っあ……」
「ッ……!」

高まりきらない熱に自ら腰を動かす。後頭部を掴んで無理に引き寄せると息をするのも苦しそうに黒子が喉の奥で呻いた。
それでも嫌がる素振りはない。

「っ……」
「ぁっ…ぁ…、はっ……ん…」

口の端からだらしなく溢れ落ちる唾液が卑猥だった。上気した肌も、伝う涙も、甘い声も、全てがオレを煽っておかしくさせる。
嫌がるどころか歯を当ててしまわないように必死で口を開くその姿に理性がブチ切れた。

「ッ……!!」
「っひ、ゃ……!」

強く打ち付けると昂っていた熱はすぐに絶頂を迎えて自身がググっと張りつめるのが分かる。
マズいッ――。そう思うが早いか黒子の髪を引いて引き離そうとしたけれどその瞬間にカリッと小さな下歯に裏筋が当たって欲が先に弾け飛ぶ。

「っあ……ッ…!」
「ッ…!!」

白濁を受けて目を細める黒子。どうにか口内に吐き出すのだけは免れたようだがその綺麗な顔に欲が降りかかる。
トクトクと残滓を漏らす自身から広がる強烈な快楽に、目の前が白い光で覆い尽くされる。腰の裏が軽くなっていくような感覚に熱い息を吐いて身を震わせた。

「っ……ぁ……ふっ……んっ……」
「…!?」

頭ん中にじかに響いてきたみてーな声に心臓が跳ねる。そんなワケねーけど、黒子の泣き声はそれぐらいにオレを驚かせた。

「っ…ふっ……ひっ…、ぁ…ぁっ……んっ……」

ぺたりと床にへたりこんで大粒の涙をポロポロと流しながら押し殺したような声を漏らす。床についた手が堪えるように握り締められて、小さな身体が怯えるように震え出した。

「オ、オイっ…!?黒子!?」

んなに嫌ならやんなきゃいーだろ!?勝手に始めといて泣かれたってどーしていーか分かんねェーよ!!

叫びたい気持ちを押し堪えて取りあえずブツをしまってサイドテーブルに置かれていたティッシュケースをぐいっと黒子に差し出した。

「っ……」
「……」

白い手の甲に、ポツポツと涙が落ちては弾ける。

動こうとしない黒子にまた溜め息をついてしまうと、ビクッと震える身体。

「あー!あー!ちげーから!!」

慌てて立ち上がって床にしゃがみ込む。この癖どうにかしねーとな…。
顔を除き込むとやっと黒子が顔を上げてくれた。

「ッ……」

涙と、自分の浴びせかけたソレでべとべとに汚れた顔に思わず怯む。落ち着け…。こんなとこでサカったら取り返しのつかないことになるのぐらい分かんだろ。
けど、ほんの少しやつれた頬に涙が白濁と混じって白い肌を伝い落ちていく様はあまりにも卑猥で喉が鳴った。

「か…がみくっ……ごめんなさっ……」
「っ……いいから、話せよ…」
「……?」
「どうしてこんなことしたんだ」

男とは思えないほど軽い身体を抱き上げてベッドに座る。向かい合わせになったから、これでよく顔が見える。
そわそわと落ち着かない様子の黒子の背中を抱きすくめるようにして、優しく撫でる。
大人しくなったとこで取りあえずティッシュで顔を拭ってやった。

「ん…あ、の……」
「……」
「許して、ほしくてっ……」

治まりかけていた涙をまたぱらぱらと落として黒子が続ける。はらりと揺れた柔らかな髪が目元に影を落とした。

「ッ……ボクは火神君を利用してましたっ……だからきっと、ボクが悪いからっ……」

その言葉には答えないまま先を促すように背中を撫でる。

「勝つ、って…約束したのに……何もできなくてっ…、火神君がボクに愛想を尽かすのも分かりますっ……」

でも、センパイたちのことは信じてあげてください。
一緒にバスケをしてあげてください。誠凛には火神君が必要です。

嘆願するような切羽詰まった声。黒子の手がオレの肩の辺りのシャツをきゅ、と握り締めた。


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