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□ただ今充電中
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「またバカガミは〜ッ!」


カントク怒鳴り声にバッシュにかけていた手を止めて顔を上げる。
僕やみんなが座る控え室のベンチから少し離れたところ、部屋の隅っこの壁に寄りかかってまた火神君が眠っていた。

「何ッ回言えば分かるんでしょうね!このバカは!!」

体が固まっちゃうっていつも言ってるでしょーが!
半ばキレ気味のカントクに苦笑いを浮かべながらマッサージを受ける日向センパイ。

「まあまあほっとけよ、これが火神なりのエネルギーチャッ……っ痛ッてえ!!!」
「あ、ごめん!」

怒りのあまり手に力の入ったカントクが日向センパイの足を思いきり握った様子にクスリと笑う。あの長年のマッサージで鍛えられた握力に筋肉を潰された日には、僕だったら丸一日ズキズキとした痛みを引きずりそうだ。

「気ィーつけてくれよ!これからまだ試合が…」
「分かってるわよ、ちょっとじっとしてて。もう少しだから」

「………」

そう、この二時間後にはまた次の試合が入っている。
夏の合宿も残りわずか。カントクのいつもの3倍+砂浜まで使った(地獄の)特別メニューのおかげで僕も含めてみんなの体力は大幅に上がった。

そこで組まれた体育館が使えるようになる夕方からの立て続け2チームとの練習試合。
地元の高校バスケ部2校と続けざまに試合をする…羽目になりました、カントクのせいで。
モチロン午前中はいつも通りの練習をして、午後も休憩を挟みつつ練習続行。
クタクタになったところで2校との練習試合。

対戦相手のチームは自分たちとの試合の前後に他校とも戦うなんて想像もしていないだろうから全力で潰しに来るわけで。全国クラスのチームではないにしろちょっとキツい。

「よし!これでどう?次小金井君ね、バッシュ脱いでて」
「あー、大分ラクになったわ。サンキュ」

けどこれもカントクの考えがあってのこと。
雪辱を喫したインターハイ予選。青峰君からの大敗はモチロン、自分たちの弱点が浮き彫りになった。
緑間君から勝ち取った勝利だって正直言って気力も体力もギリギリでした。

だから、あえて、1日2試合というあの時と同じ状況を作って自分たちの体力がいかに上がったのかを実感させてくれようとしているんだろう。

「……」

確かに疲れはあるけど次の試合も全力で当たれそうだ。秀徳戦の時は正直もう足がガクガクだった。
手のひらを見て、握り締める。確実に強くなってるのが嬉しかった。それも、ボクだけじゃない、みんなが。

「――くん」
「……」
「黒子君!」

ハッとするとカントクがボクを見ていて、ちょいちょいと手招きしてきた。日向センパイの隣に座っていた小金井センパイの前に移動してマッサージを続けながら。

「黒子君、悪いんだけど火神にそこの毛布かけてあげてくれないかな。せめて体は冷やさないようにしないと」
「は、はい」

荷物のところに置いてあった薄手の毛布を持って壁際に向かう。
近づくとすーすーと寝息が聞こえてきて。床に座ったままの体勢でよくここまで爆睡できるなと思いつつ。上下する胸と安心しきった表情にクスリと笑ってから、火神君の肩にそっと毛布をかけ――

「わっ……!?」
「「「!!?」」」

伸ばした手が、手首がガッシリと掴まれる。そのまま火神君の右手に思いきり右腕引かれてその広い胸に倒れ込むようにしてバランスを崩した。ぼふりと感じる衝撃とふわりと背中から感じる温もりに状況すら理解できずに頭が真っ白になる。

「ぇっ…あっ…の……!」

わたわたしているうちに後ろからガッチリホールドされて身動きが取れなくなる。
ふと顔をあげると日向センパイが、カントクが、小金井センパイが、伊月センパイが、水戸部センパイが、控え室にいたチームメイト全員が、お化けでも見たような引き吊った顔でこちらを見ていた。

「か、火神くんっ……!!」

恥ずかしさのあまり顔から火が出るみたいに熱くなる。
ボクの抵抗なんて火神君の力の前では少しも障害にならなくて。

「っ……!!」

元から緩めのユニフォームの中にするりと手が入ってきた時はお腹の底の辺りがキュ、と冷えた。

「か、がみくん…!?」

左腕で腰の辺りをしっかりと掴まれているから逃げ出せない。空いた右手がぴたりと腹部を触って肌の感触を楽しむように撫でまわす。

「っ……」

長い中指がひゅっとおへその辺りを一撫でして思わず声が出そうになる。そのままスルスルと上に向かって上がってくるのを感じた時はさすがにマズいと思った。

「いい加減にっ……!!」

エルボーをくらわそうと引いた右腕は吐息一つで不発に終わる。首筋に掛かった恨めしいぐらいに心地よさそうで規則正しい寝息。くすぐったくって背筋がゾワッとした。

(もしかして…、)

もしかしなくても寝てる。

一瞬でも動きを止めたのが悪かった。しっくりくる場所を見つけたのか火神君が更にぎゅっと力を入れてきて。相変わらず右腕もユニフォームの中のまま、すぐ胸の下辺りにそっと巻きついてきた。

チラリと目だけで横を見ると真っ赤な髪がちょっとだけ覗いてた。ムズムズと犬みたいにボクの首筋に鼻を埋めてきて、安心したみたいに一度大きく息を吐いた。

「えーっと……?」

カントクの声が部屋を震わせた。
もしミスディレクションが本当に消える技なら今こそ使いたいです全力で。
火神君に抱き枕よろしく抱き込められて。皆さんの視線が痛いです、突き刺さってます。

「火神くんッ……取りあえず起きてっ……」
「〜〜っ」
「…ッぁ……!」

身じろぐとやめろと言わんばかりにまた抱き締められる。
モゾモゾと右手がユニフォームの下で蠢いて今度はどこ触ってんですかと殴りたくなるような場所まで無遠慮にまさぐってくる。

「っ…あっ……か、がみっ…くっ……」

「あー!あー!!カントク!?オレなんか手伝うコトとかないかな!?」
「え!?あ、ああ!!じゃ、氷でも用意して貰おうかな〜」
「お、おう!任せとけ!!」

「た、助けっ……」

センパイたちの目が泳いでる。まるでボクと火神君なんてここにいないみたいに。
おかしいですね、ミスディレクションを使った覚えはないんですが。

「っ……!!火神君!!ほんと怒りまっ……んっ…!」

ボクが声を上げる度に控え室の空気がピキリと凍りつくのが分かって青ざめる。手で押さえようにも限界があってこれ以上はどうにもならない。

このあと試合だなんて信じられない。というかそれより何より火神君が信じられない。
どうしてボクがこんな目に…。

「ぅっ……ぁ、ぁっ……!」

「いや〜今日はいい天気だな」
「日向君、ここの控え室窓ないわよ」
「天気のいい日に転機きた!」
「お〜伊月!そのダジャレ面白いなサイコーだぞハハハー!!」
「そ、そうね!ほら!水戸部君も必死で首を縦に振るぐらいに!」

センパイたちが作り出す異様な雰囲気についに泣きたくなってきた。私たちはなんっにも気がついてないわよ、とでも言いたげな優しさ逆にボクを悲しくさせる。

火神君にはあとでどんな報復を受けてもらいましょうか。

「………」
「小金井君?どうしたの?さっきからずっと黙りっぱなしで…」
「…合宿中、夜トイレに行こうとしたら…火神と黒子が同じ布団で寝てるのを見た気がしたんだ…」
「えっ…」
「でも暗かったし、寝ぼけてたから、まさかなと思って…次の日二人とも普通だったからやっぱりオレの見間違いだったんだって思って……」
「小金井君…」
「……お前、悩みとかあったらいつでもオレたちに言っていいんだぜ…?」
「日向……!」
「オレたち、仲間だろ?」

「かがみくっ……キミが寝てる間に大変なことにっ……!」

日向センパイがガシッと小金井センパイの肩を抱いて頼もしく親指を立てて見せる。
それになぜか他のチームメイトたちも感動したような、輝きに満ちた瞳を向けていて。

「実はオレも…」
「オレもこないだ部室で…」
「それ私も見た!どーも仲が良すぎるとは思ってたのよ」

あ、あれ…?なんでこんなことに……。

全ての元凶である人物は未だボクの耳元でくーくーと心地よさそうに寝息を立てている。
抱きつかれて、不思議といやじゃないからまた困る。落ち着くというかなんというか、お気に入りのソファに座ってるみたいで。

でも目の前で恐ろしい見解が飛び交っている。
デキてるってどういうことですか。同じ布団って…、それはたまたま隣に寝ていた寝相の悪い火神君が入ってきちゃっただけだと思います。
オレたちずっと同期がソッチの人なのかって悩んでた…?

「ち、違います…!」

この状況で何を言ってもしらーっとした目線を向けられるばかりで。
助けを求めて伸ばした手を引いてくれる人は、誰一人としていなかった。

「お前たちいい加減にしろ!!」
「キャプテン……!」
「確かに話は聞くけどな、だからって黒子たちのことを敬遠するのは違うだろ…?」
「日向君……」
「黒子たちがゲイだろうがオレたちはチームメイトとして受け入れてやることが――」

「だから違いますっ!!」

珍しく張り上げたボクの声は虚しく空気に広がって消えた。


この後いつの間にかボクまで寝てしまって二人して起きたのは一時間と二十分後。試合が始まる十分前のことだった。

何故だか試合に出た火神君の調子がびっくりするぐらいによくって、ハッと何かに気がついたらしいカントクの指示で火神君が仮眠を取るときはボクが傍に寄り添うことが誠凛の常識になっていくことを――この時のボクは、まだ知らない。



fin. 20120713


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