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□夕日の川に、匂う金魚
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さやさやと、朱色に染まった輝きがボクの顔を照らし出す。夜空にポウ、と浮かんだそれらは星の瞬きを背に穏やかに、賑わう境内を染めていた。


「あっ…」


トン、と肩が跳ねられる。人混みの中なのに立ち止まってしまっていたようだ。
ぶつかった長身の男が一度、不思議そうに振り返ったけれどボクの姿を視界に留めることはなかった。

「どこに、」

ふと洩れた言葉は、雑踏に消える。
肌を撫でる風は夏特有の湿気をはらんでいて蒸し暑い。それが人の体温まで一緒に連れて来るようで。
ねっとりと、首筋に纏わりついていくようなそれが、あまり好きじゃなかった。

さっきまでは誠凜のみんなと一緒にいたから気にもならなかったのに。少し露店に気を取られているうちにこれだ。
気がついたときには日向センパイたちの背中が遠くて、追いつこうにもこの人混みでは引き離されるばかりだった。

それに今日はみんな私服だったから。一度見失ってしまうと見つけづらくて。
それはきっと向こうも同じ。ただでさえ気づいてもらえないことがよくあるのに、もしかしたらボクがいないことにもまだ気がついていないかもしれない。

「っ……」

前を通った焼きそばの露店からジュ、という熱い音と共にソースの強烈な匂いを含んだ湯気がぶわりとボクの身体を包み込んできて、思わず息を止める。

前も、後ろも、右も、左も、人。バスケをしているのにそう背の高くないボクは人の波に溺れてしまう。

息をするのが苦しかった。

あらゆる食べ物が混じりあった匂いも、人のざわめきも、石畳を踏む足音も。どこか遠くて、それなのに一人でいるボクを際立たせているようで。

(早く見つけないと…、)

元から人混みは好きじゃなかった。それでも誰かと一緒なら平気だった。
今日は、いつも探しに来てくれるあの人がいないから。自分でみんなを見つけるしかない。


「あーっ!!お前!!」


突然、よく響いたその声に弾かれたように顔を上げる。
センパイたちかも、そんな望みはすぐに消えてしまった。
けど、そこには確かに見覚えのある人が。

ボクを指差す手を辿る。目が合うとやっぱりとでも言うように、その、鷹のような縦長の瞳孔を持った瞳が細められた。

「お前黒子テツヤだろ!?こんなとこで会うなんて真ちゃん風に言うと運命ってやつ!?うっはー!奇遇じゃん!?」

あ、あの、こんなところで人の名前、大声で言わないでもらえますかとか、言いたいことは色々とあったけど人混みに酔いかけてぼおっとした頭じゃ上手く言葉が出せなかった。
あわあわとしているうちに反対側の流れにいた高尾君はひょいひょいと人を避けてボクのところにまでやってきた。

「ちわっす!なに?お前も一人なの?まっ、オレも今そーなんだけどさ!」
「た、高尾くん…」

がしっと肩を組まれて、そのまま流れに沿って歩くことになる。目の前に現れた高尾君は墨色の浴衣姿で、確かに一緒に来ている人は見当たらないように思えた。

「つかさ!お前いつものお仲間は!?マジで一人!?あんたらって――」

高尾君が何か、話してる。明るい声が鼓膜を叩いた。
それなのに、何故だかよく聞こえない。語尾に近づくほど聞き取れなくなっていってしまう。どうして。

(気持ち、悪い…)

気がついてしまうと体は素直に症状を訴え始めて波が打ち寄せるように息苦しさが増した。

「っぁ……」

頭の中が揺れてるみたいで足元の景色すら霞む。人の声も足元も、もう聞こえなかった。

「でさ、真ちゃんが……黒子?」

体の内側から迫り上がってくるような苦しさが、消えるどころか増していって胸の辺りに溜まって重たい。暑いのに、背中を伝い落ちる汗は冷たくて気味が悪かった。

「黒子?」

ふと軽くなる身体。高尾君がボクの肩から腕を上げて顔を覗き込んでくる。

「っ……すいませっ…なんでも……」
「なんでもねーわけねぇーだろ!?」

グイっと引かれた右手にはっとした。ボクの顔を見た途端、高尾君の目の色が変わった気がした。

「真っ青じゃねーか!!は!?イミわかんねー!!どーしたんだよ!?」

取りあえず、抜けるぞ。そう言って高尾君がボクの手を引いてぐいぐいと前に進み出した。こんな人混みの中なのに人にぶつかることもなくて。
ただただ呆然と、その揺れる黒髪を見つめた。墨色の浴衣を纏った背中が頼もしくて。


「………」


視界の端を、ポウ、ポウ、と過ぎてゆく提灯の行列。
まるで、夕日に染められた川の中を駆けているようで。

眩しくて、目を細めた。
苦しいはずなのに、勝手に顔が笑ってた。

無意識の内に手に力が籠る。

今度こそ、一人になってしまわぬようにと。

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