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□ボクは悪くない *
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「黒子!!」
「黒子っち!!」

「………」


見事にハモったその声に顔を背ける。面倒くさいことになりました。

目の前にいる火神君は髪の毛が逆立ってるんじゃないかと思うほど怒りの形相を浮かべていて。その斜め後ろにいる黄瀬君も彼らしくない冷ややかな目線をボクに向けてくる。

「………」
「黒子!!」
「っ……」

反省の色を見せないボクの態度がついに火神君の逆鱗に触れてしまったのか胸ぐらを掴まれて壁に押し付けられる。
相変わらず馬鹿力ですね。

「ぁっ……」
「聞いてんのか!?」

火神君の手を引き離そうとしても力の差は歴然で。キッと睨み上げるようにして見た顔は夕日に影を落とされて思わずビクリとしてしまうほど怖かった。
でも悔しいからそんな素振りは無表情の下に押し隠して俯いた。

ストバスで絡まれていた学生を助けたのはつい数十分前。
火神君と黄瀬君のおかげで彼らを退けられたのも束の間、何やってんだと二人から叱られて、言い合いになって。半ば引き摺られるようにして公園のトイレの裏にまで連れてこられた。

「勝てると思ってたのかよ!?どうしてあんな――」

そんなわけない。勝てるなんて思ってなかった。だからと言って負けるとも思っていなかった。ただ体が動いたんだ。
でも、火神君と黄瀬君が助けてくれなかったらケンカにしろ、例えバスケでも負けていただろうことは確かで。
二人程ではないけれどボクよりは体格のいい五人に囲まれたら抵抗する間もなくボコボコにされていたに違いない。

「後先考えないのは黒子っちの悪いとこっスよ」
「……」

正論だから言い返せない。
きり、と責めるように火神君の拳にさらに力が籠る。
迷惑をかけてしまったことは一番に謝った。でも、自分が取った行動の非まで認めてしまったら自分がしたことが間違っていたようでそれだけは嫌だった。
仲間と楽しそうにバスケをしていた彼らの顔を思い浮かべて。そこに土足で踏み込んで暴力で捩じ伏せようとしたあの人たちが許せなかった。

「ボクはただ……彼らのしたことが――」
「だからなんだよ!それでオマエまでボコられたって何の意味もねーだろ!?」

後頭部に冷たい壁が当たって痛かった。首元を押さえ付ける手が怒りで震えてた。
苦しさに顔を歪めたボクにさすがに黄瀬君が火神君の名前を呼んで静かに宥める。
ゆっくりと緩んでいく力にやっと足の裏全体が地面についてほっと息を吐いたのも一瞬で、すぐに両手を掴まれて壁に縫い止められた。

「ッ……ぃ、たいです…」
「テメエこれ振りほどけねーだろ?」

手首が折れてしまうんじゃないかと思うほどキツく握られて、その力に歯向かうように腕に力を込めてもびくともしない。
こんなに違うのかと思うと情けなくて、必死にみんなについていこうと毎日練習も欠かしていないのに。身に付いていく力の差に酷く惨めになった。

「あの人たちは火神君ほど力が強かったとは思えません」
「ハァ!?じゃあアイツらにだったら勝てたっていうのかよ!?」
「っ……可能性はあったと思いますけど」
「黒子っち…!」

ああ、自分で自分の首を絞めてるのは分かってたけどつまらないプライドが口を動かす。頭一つ分上にある顔がギリッと奥歯を噛んで今にも殴りかかってきそうな形相だった。
火神君が心配してくれてるのだって分かってるはずなのに。

「…じゃあ、今ここで黄瀬が殴りかかって来たらどーすんだよ?テメエ防ぎようがねーだろ?」
「……っ」

口だけですぐに泣きそうになる自分が嫌いだった。言い返すことも、もちろん掴まれた腕を振りほどくことだって出来なくて。

「ぃ、やだっ……」

火神君の顔すら見れずに振り絞るようにして出した声と一緒に涙が溢れそうになった時、真横から突然緊張を打ち壊すように怒鳴り声が聞こえた。

「そこで何してるッ――!!」

「げっ!」

真っ先に状況を理解したのは黄瀬君だった。影から現れたその人は誰でも見覚えのある濃紺色の制服を着ていて、頭には特有の形をした帽子にその中央には金色に輝く徽章。

「Policeman!?」
「君たちか!通報があったんだ、ガラの悪い男子高校生に公園で絡まれたと。もしかしたら助けに入ってくれた人がまだ捕まってるかもしれないから駆けつけてほしいとな!さあ今すぐその手を離せ!」
「What!?Not way!!I just can't tell…!」
「違うんス…!オレたちじゃねーっスよ!!」

混乱のあまり英語に戻ってる火神君にツッコミを入れる間もなく目の前の状況に立ち尽くす。ついさっきまで目元に競り上がってきていた涙も驚きのあまり引っ込んだ。

パッと解放された手首。火神君と黄瀬君がお巡りさんに詰め寄って事情を説明しようとするけれどお巡りさんは火神君と黄瀬君の顔を交互に見ると確信を得たような顔をしてそれ以降まともに取り合ってくれないようだった。

『ガラの悪い男子高校生』

火神君は言わずもがな、黄色い髪にピアスを開けた黄瀬君もお巡りさんには確かにそう見えたようで。

「はいはい、あとは署で聞くから取りあえず一緒に――」
「You don't have to butt in…!!」
「わ〜!火神っち何言ってるか分かんないっスよ〜!!」

黄瀬君が泣く前に、火神君がお巡りさんを殴って本当に刑務所行きになってしまう前に一度大きな溜め息をついて手を上げた。

「あの、」
「あ!君…!大丈夫だったかい!?」
「大丈夫です。それより――」


それからはいつまで経っても半信半疑なお巡りさんをどうにか納得させて帰ってもらった。
漂う気まずい雰囲気が肩にのし掛かって重たい。

「た、助かったっス黒子っち〜」
「いえ、ボクは本当のことを言っただけですから」
「ショージキ黒子っちがオレたちのこと見殺しにするんじゃないかと気が気じゃなかったっスわ」
「さすがにそんなことはしませんよ。…まだ手首は痛いですが」
「ッ……!」

ぞろぞろと公園の出口まで歩きながら右隣でビクリと跳ねた大きな身体を見上げた。
今度は火神君が目を合わせてくれない番で明後日の方向を向いたままボクのことを見ようとしない。

「〜〜っ」
「………」

「じゃ!お二人さん!オレこっちなんでここでバイバイっス」
「そうでしたね。今日は色々とありがとうございました」
「こちらこそっス!…火神っち!」

黄瀬君はカバンを肩に背負って跳ねるようにボクたちとは反対側の道へと歩いていく。

「黒子っちのことそんなに泣かしちゃダメっスよー!」
「ハァ!?」

振り向き様に言われたセリフに火神君が牙を剥く。そんなこと微塵も気にしない様子で黄瀬君はニヒっと笑ってまた軽い足取りで手を振りながら歩いて行ってしまった。

「………」
「………」

黄瀬君が抜けたことでより一層重たくなる空気。息が詰まりそうです。

「それじゃ、ボクもこれで失礼します」

ペコリと頭を下げて動く気配のない火神君より先に帰路につこうとした。逃げるみたいだと思ったけど、今日はこれ以上話しても仕方がないということにして。

「待てよ」

グイっと引っ張られた肩に足が止まる。

「火神く――」
「オレんち、来いよ…」

次の瞬間また引っ張られた腕に引きずられるようにしてその大きい背中の後を追った。

『火神君』

もう一度名前を呼ぼうとしたけれど手を引く力強さが『今は黙ってろ』と言っているように思えて開きかけた口を閉じた。


夕日はもうすぐそこまで沈みかけていた。


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