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□King's pawn *
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「ねえ、クロ」
「……なんだ」
「殺す前に一つだけ。最後のお願いがあるんだ」


『抱いて』


その言葉を聞いたときは耳を疑った。

「ごめんね。いきなり変なこと言い出して。僕なに言ってるんだろうね」

泣きそうな顔で笑顔を作るこの部屋の住人を俺はただただ見つめた。

「生きてる心地がしないんだ」

ベッドの上で首を傾げるその様は、どこか不気味でもあった。


返り血を浴びたコイツの服を見つけたのは今朝のこと。
夜も開けて間もない窓の外が朝焼けに染まる頃だった。
俺もストレインのあの猫もまだ寝ていると、アイツは思ったんだろう。だがアイツがベッドから抜け出した時点で俺は起きていたし血の臭いに狗と呼ばれる俺の鼻は敏感だった。
開かれるクローゼットの扉。布ずれの音と鼻についたその臭いに俺は意識は完全に覚醒した。

『何をしている』

背後から、その首筋に刃を突き付けた。
そいつは大して慌てもせずに振り返ると一瞬キョトンとした後またすぐにいつもの笑顔を浮かべた。

『見つかっちゃった』

そいつが破棄しようとしていたのは確かにあの日あの男が人を殺めたときに着ていたものだった。
服を染めているもう随分と変色の進んだそれはあの吠舞羅の十束多々良のもので間違いないと見た。

『ねえ、今日だけは学校に行かせてよ。最後にさ、皆の顔を見ておきたいんだ』
『ふざけるな』
『お願い、クロ。僕が逃げようとしたらすぐに殺していいから。それに今日は金曜日だよ?』

連休中に行方不明になった方が自然じゃない?

他人事のようにそいつは言った。相変わらず笑顔のままだった。
あの喧しいストレインも寝ているまたとない機会だというのに、俺は溜め息をついて静かに刀を収めた。


「クロは信じないよ。でもあの服ね?僕の物じゃないんだ」

戯れ言を、と思った。

定刻になりコイツと共に下校した。その間もコイツは逃げる素振りなど一切見せなかった。ただいつも通り、和傘を揺らしながら調子のいいことばかり話していた。
帰ってからもなかなか刀を抜く機会がなくそのままズルズルと、また夕食まで共にしてしまった。

『……ネコ、スゴく申し訳ないんだけど…、ちょっと外に出ていてもらえないかな』

部屋を震わせたその声が、全ての合図だった。
当然のように、どうしてなんでと繰り返すネコを宥めて部屋から邪魔者を、アイツからしてみれば味方を追い出した。


『覚悟を決めたか、伊佐那社』


こんなことを言い出されるぐらいなら聞かなければ良かったと今更ながらに悔いた。


「僕の物じゃないのに僕の部屋のクローゼットに入ってたんだ」


それは僕の物ってことだよね。


「もう、解らないんだ…、」


自分が誰なのかも、よく分からなくなっちゃった。


「……貴様」

ふざけているのかと思えば不意に絶望の淵に立たされたような顔をする。

「ねえクロお願い。生きてる心地がしないんだ。生きてないみたいなのに殺されるって変な気分でしょ?だから、」


生きてるって感じさせて。
それから殺してよ、ねえクロ。


遊びに誘うように、両足をふらふらと交互に揺らしながらそいつはさも穏やかな口調でそう言った。


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