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□背中のくぼみ
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いつからだったろう。その日、自分が何を考えていたのかもよく分からない。
ただ何となく疲れていた。
水を多く含んだ空気が身体に纏わりつく。身体ごと気分を重くさせる。止めどなく流れる雨に上から押さえつけられるようだった。
「ハル、今日も泳げなくて残念だったね」
傘を叩く音がやけに耳についた日だった。
「明日は泳げるといいね。渚も拗ねてたよ、折角プール開きしたのにって」
自分勝手に不機嫌な俺によく付き合ってくれる。
「じゃ、俺こっちだから」
校門を出た時から、ろくに返事もしてやってないのに。
それでも真琴は俺と会話できるみたいだ。
「えっ――」
傘がバシャ、と音を立てて水溜りに落ちる。
遠ざかる背中を無意識の内に追いかけた。
「ハ、ハル?」
「…こっち向くな」
真琴の背中。すぐに俺が濡れないように傾けられる傘。
そっと、目を閉じる。
額をその背中に埋めて。
真琴と、真琴の家の匂いがした。
これを優しい、とでも言うのだろうか。深く息を吸うと妙に落ち着いた。
「ハル?どうしたのかな…」
「…もう少し」
待て、とでも言うように、その肩甲骨と肩甲骨の間にうりうりと小さく額を押し付けた。
心地よい。ぴったりと収まるそこが、制服越しに僅かに伝わる真琴の熱が。
目を、開く。
このまま腕を回したらより心地よさを感じられるのだろうか。
否、今はこれが丁度よかった。
もう一度、目を閉じる。
雨の音が響く。
二人だけの小さな青の世界の中に。