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□The Tale of Period
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それは太古のフェアリーテイル。


いつしか全ての物語は、おとぎ話となって人ともに時間を歩く。
昔々、そんな決まり文句で始まる現実味のない夢物語に大人は子供への戒めを込めて、子供はまだ見ぬその先に期待と好奇心を膨らませて、早く早くと続きをせがむのだ。

それでいい。僕らの物語もいつかはそう、なればいい。


誰も涙を流さないおとぎ話に。

























「神田!神田、早く行きましょう」
「バカお前まだ…」

普通のことをしよう、それが全ての物語に終止符を打った僕らの交わした約束だった。

「後ろ、髪、まだ跳ねてる…」
「えっ!」

慌ててうなじの辺りを押さえる。今日は特別な日。早くケーキを取りに行きたくて少々急いでしまったようだ。

「しばってやるからそこ座れ」
「……はい、」

別にこれくらいいいのにと小さく笑いながらも、神田の指した椅子に素直に座る。

すぐに慣れた手つきで髪を梳かれて心地さに目を細める。

「ひとつでいいよな」
「ふたつにしますか?リナリーみたいに」

あれから僕は神田ほどではないけれど、背中の辺りまで髪を伸ばしている。この童顔が少しでも大人っぽく見えればいいな、という単純な理由だけれど。
昔はこの白髪をフードを被って極力人目に触れないよう隠していたから、僕は僕でいいと自信を持てるようになった現れなのかもしれない。
この年中無休で自信の塊みたいな男の隣に居るからかな。

「ちげーよ!ひとつしばりでいいか聞いてんだよ!!高さの話だ、高さの」
「ふふ、分かってますよ。神田みたいにして格好がつくにはまだ短いと思うから」

三年。僕が髪を伸ばしだして。あの戦争から時を数えて、三年。

今日は僕の祝う神田の十回目の誕生日。

アクマとエクソシスト。ノアと教団。あの戦争は、そんな二分された言葉で表せるものではなかった。黒白の間に、灰色があるように。

人を殺すほどに人の形に近づくアクマ。伯爵のいう世界の終焉とは、人の絶滅を指したものだったのか。それでは人々の間の諍いが絶えなかったように、次はターゲットを失ったアクマがそれに代わり共食いを始める。7000年以上の時を生きてきた伯爵が、どうしてマナとネアにあそこまで執着したのか。

僕たちはその一部を垣間見た。それと同時にその全貌を知ることは不可能であろうことも悟った。

人が人の全てを覗き見ることができないように。感情で動く人の、その人によって動かされた戦争の、その全てを知ることができる人間は、きっと教団側にも伯爵側にもいないのだろう。

それでも人の感情は時に痛みにも似た感覚として流れ込んでくる。多分伯爵は羨ましかったのだ。ネアとマナが、唯一無二の兄弟という存在が。その気持ちは少し、僕にも分かる。
伯爵は7000年間、その時代のノアと家族であり、それと同時に置いていかれ続けたのだ。そしてその家族は、ノアの遺伝子に繋がれた家族であり、全ての理屈を抜きにして繋がり合っていたネアとマナの関係に似ても似つかないことに気づいてしまった。

二人を追い詰めるほどに、そのことを思い知らされたに違いない。

「アレン?」
「っ……神田?」
「俯くな、しばりにくい」
「痛っ……!引っ張らないでくださいよ!」

それでも、終わったのだ。

教団は今もその形を保っている。伯爵がいなくなったからと言って今までに作り出されたアクマ達までもが同時に消えるわけではない。イノセンスによる奇怪現象もまだ各地で報告されている。

教団としてはイノセンスは全て手元に置いておきたいのだろう。今日も今日とてコムイさん達は大忙しに違いない。戦争は終わったのに兄さん達ったら何も変わらないのよ!もっとちゃんと休んでっていつも言ってるのに!とリナリーの悲痛な叫びが蘇る。

あれは、性分というかもはや病気よ、そう言いながらも電話の向こうのリナリーは笑っていたように思う。

コムイさん達は残党アクマの破壊、イノセンスの回収と共に、この聖戦によって傷ついた人々のケアも積極的に行っていた。

アクマに家族を殺された人にはファインダーとして共に、同じアクマに傷つけられた人々を救う道を。家族に会いたいと申し出る団員には現在家族が住む場所を特定し帰省を許している。

またスーマンのように帰ることのできなくなってしまった者の家族にもまた、その旨の報告と数少ない遺留品だけでも届くようにと手を回しているらしい。

そういう報告を聞いたとき、本当に終わったのだと実感する。

「ほらよ」
「ありがとうございます」

そして僕らはというと、今は旅の途中で気に入った街に小さな家を借りてそこで暮らしている。
もちろん残党アクマを倒しながら、でもそれは教団のエクソシストとしてではなく僕と神田の意思でだ。

「その髪型のお前を見てると…」
「思い出しますね、コムビタンD…思い出したくないですけど。あの時の神田は可愛かったなー!」

ちなみに生活費はというと、僕がイカサマ、神田が恐喝で稼いでいると思われがちだがコムイさんから定期的に『退職金』と称して十分すぎる程のお金を貰っていた。

断ろうともしたが『教団が君たちにかけた迷惑はこんなものじゃ償えないと思うけど…ってのは建前で、ただ僕らがアレン君たちに幸せになって欲しいんだ』

そう言われてコムイさんにリナリー、リーバーさん達の優しい笑顔が浮かぶようで断れなくなってしまった。ついでに賭博ばかりして神田君に心配かけちゃダメだよ!とも。

まあそうは言われても僕にはバカ師匠の借金があるわけで、たまにはイカサマ賭博で稼がなきゃいけない時も多々ありますが。こないだ明け方帰って来たのがバレた時は怖かったなー。その時の神田の顔と言ったらソカロ元帥に並ぶものがあった。

「行くか」
「はい」


繋いだ手は振りほどかれることなく僕を引いて外に出る。今日はご馳走を作らなくては。


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