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□The Track of Gray
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歴史の裏には必ず戦争が在り、戦争が在るから歴史は動く。ブックマンとはその内に身を置き、何にも属さず、何にも捕われぬ目ですべての事柄を公平に記録する存在。
耳にタコができるほど、じじいに繰り返し聞かされてきた言葉。確かにその通りだ。人は繰り返す。
今が平和でも、明日が平和だとは限らない。きっとまた戦争は起こるだろう。
人が人である限り、人に夢や欲望がある限り。
それでもオレは知ってしまったのだ。歴史の裏には戦争があり、戦争を起こすのは人である。憎しみから戦争を始めても、その戦争はまた新たな憎しみを生むだけ。愚かだと思うのは昔から変わらない。
それでも見つけてしまったのだ。そこに人がいる限り、それが人の営みである限り、憎しみと同じくらい、その裏に人を愛する心もあるのだということを。
そう!オレは見つけちゃったんさ!戦場で、時の天使こと我が妻、アレン・ブックマンを!
アレンに会ってからオレは初めて本当の名前を捨てたことを後悔したさ、だってアレンに名乗ってもらうオレの姓がないんさ!!
取りあえず『ブックマン』ってことにしようとしたらアレンに『ブックマンは「ブックマン」のイメージが強すぎて嫌です』と言われてしまった。
もうブックマンはオレなのにー!
確かにじじいのパンダメイクは強烈なインパクトだったさー。
オレが正式にブックマンを継ぐことになった時、アレンが真っ先に心配してきたくらいだからな。
『ラビがブックマンを継ぐということは…ラビもあのメイクをするんですか!?遠くから見たら両目に眼帯してるみたいになっちゃいますね!』
とオレの天使ちゃんは半笑い気味に。
『これからのラビはウサギなんですか?パンダなんですか?』ともうここまで来た時にはアレン完全に笑ってたさ。
『オレ、アレンの前ではオオカミだから』とキメ顔かましたら殴られたからアレンってば照れ屋さんさ!
今でもオレの顎の下にすっぽりと収まってしまう白い頭に小さな身体。
『ラビっす、ハジメマシテ』
『トシいくつ?』
『アレンのことはモヤシって呼んでいい?』
あの頃の9センチの身長差をアレンは必死に埋めようとしていたけれど、結局差は埋まるどころか広がってオレもアレンも成長期は終わりを告げてしまった。
何でも記録してしまう自分の頭が嫌いだった。
幼かった頃は一日の記憶の量に未発達の頭の容量が追いつかずにすぐに頭痛を起こしていたっけ。
いやなことも怖かったことも、ずっと覚えていて小さな心を蝕んだ。
けれど、今は――。
「ラビ!もう少しで港に入りますよー!」
アレンとのどんな思い出も忘れずにいてくれるこのハイスペックな自分の頭が大好きさ。今のアレンの笑顔もバッチリ記憶。言うなればオレは24時間365日フル稼動のアレン専用録画装置を搭載――
「聞いてますかー!港に入ってからはラビの知識だけが頼りなんですからねー!」
パタパタと駆け寄ってくるアレン。伸ばした白銀の髪が潮風に煽られて揺れる。ちなみに今の身長差は11センチ。
ちゅ、
「は…?」
一瞬呆気に取られた顔がみるみる内に赤くなる。
「いきなり何するんですかーッ!!誰かに見られたら…!!」
「今さらさ〜!いや、なんとなく、な」
「…なんとなくでキスされる方の身にもなってください……」
急に愛おしさが溢れ出て、そう言ったら相変わらず恥ずかしがり屋なアレンはまた機嫌を損ねてしまうと思ったから。
「もう少しです……江戸」
「……ああ」
またこの地に足を踏み入れることになろうとは、十年前の自分は思いもしないだろう。
帝都・江戸。
数年前までは人口の九割がアクマだった伯爵の国。そして、オレ達が命を懸けて戦い抜いた地。
それでもあの頃のオレ達は一番真っ直ぐだったと、今になって思う。敵は伯爵だけだった。ユウがいて、リナリーがいて、クロちゃんがいて、ミランダにちょめ助。仲間だった。一つだった。
教団の上層部の事情も、聖戦の真の意味も、戦場のオレ達には正直関係なかった。
ただ生きるために、仲間を、世界を守るために、それだけを信じて戦えた。
「…花、手向けられてよかったですね」
「…ああ、そうさね」
海に沈む白い百合の花。
届いただろうか、この海の上で共に戦った戦士たちに。
『勝ってください!!エクソシスト様!!!』
今でもまだ耳の奥に彼らの熱い声が残っている気がする。
『我らの分まで!!進んでいってください!!!』
勝ったぜ、オレ達。
「…そうか、勝ったんだよな…オレ達」
「それこそ今さらですよ!僕が今ここに、この世界に生きていることが、何よりもの証明じゃないですか」
ラビの隣にね、そう言って笑うアレンを抱き寄せた。
「そうさね…アニター!マホジャー!!ちょめ助も聞いてるかー!!オレは世界からアレンを取り返したさー!!!」
「恥っっずかしいからやめてください!!」
「いでッ!!」
あんたらの命は、確かに未来に繋げたさ。