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□The Trip of Memory *
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冷たい風が木々を揺らす。ざわりと騒ぐその音が、一瞬だけアレンのすすり泣く声を掻き消した。
外れの木陰で待っていようかとも思った。けどアレンが心配で、結局ついて来てしまった。

沈みかけた夕日に照らされ長く影を伸ばした墓標たち。燃え尽きる命の最期の灯火を模したような濃い夕焼けに染め上げられた世界で、そこに立ち並ぶ無数の黒い影たちは、まるで死者の亡霊がそこに立っているかのように思えた。

アレンは連れて行かせない、そんな馬鹿げたことさえ考えてしまう。



『探したいものが、あるんです』

アレンがそう言い出したのは一年前。オレとアレンの二人きりの旅の最中だった。
全ての戦いが終わった後、オレはブックマンの跡を継いで各地を記録して周る旅に出た。
アレンは、そんなオレについて来てくれた。オレはてっきりアレンは教団に残るものだと思っていた。だから結構な勢いで別れを惜しんで『離れていてもアレンはオレのものさ!』とかなんとか、今思い出すと死にたくなるようなことも散々言ったし、そんなオレに対してアレンは笑って『はい』と言ってくれた。

それなのに、教団を抜ける当日、オレが乗るはずの汽車の個室にアレンがみたらし団子を食べながら座っていた時はブックマンの頭でも処理が追いつかないほどだった。

それから二人で旅をして、歳を重ねて、そうして迎えたある日のこと。

『探したいもの?なんさそれ!一緒に見つけるさ!』
『………』

妙に神妙な顔をしたアレンには気づいていた。けれどアレンがそういう時にオレまで合わせて暗い顔をするとアレンが余計に喋れなくなってしまうことを知っていた。

『……言っていいんさよ、アレン』

アレンが今までどれだけのものを犠牲にして世界を守ってきたと思ってるんさ。そんなアレンのためだったら、オレは何だって叶えてやれる、叶えてやるつもりさ。
そんな思いを込めてアレンを見つめた。

『……本当の、』

一度上げられたアレンの目が怯えるようにまた伏せられる。

『本当の両親を、探してみたいんです……』

まるでそれは、許されない罪を口にするかのように。

『は、話をしたいとかそんなんじゃないんです、ただ一目…見てみたくて』

震えた声でアレンが言った。

何でも言っていい、そう言ったオレもさすがに虚を衝かれた。

本当の、親に…?

アレンが傷つくとしか思えなかった。アレンをサーカスに売るような親なんさよ。
もしそいつらが、今、幸せそうに生きてたら、それを見たアレンはどんな顔をすればいいんさ。

『……』

何も返せないオレにアレンが苦しそうに笑う。

『本当の親、と言いましたが僕にとって親はマナただ一人です、ただ、そうとしか伝えようがなかっただけで。今さら親というものが恋しくなったわけでもないんです』

こんなことを思う日が来るなんて正直自分でも信じられない、とアレンは言った。それでも、全ての戦いが終わった今だからこそ思うことがあるらしい。

抜けている、と。

アレンが『アレン』になったのは、マナに拾われてから。それまでは〈赤腕〉
じゃあ、それまでは?

自分が生まれて〈赤腕〉と呼ばれ、それを認識するまで。物心つくまでの空白の時間が、僕にはあるんですとアレンは言った。

伯爵とアクマと戦っていた時はそんなことを考える暇もなかった。
マナに拾われた日、僕はアレンになった。僕はアレン・ウォーカー。
それだけで生きてこれた。

ただ今は、マナが拾ってくれた『僕』も、ひとりぼっちだった〈赤腕〉も、すべて一人の「アレン」として受け入れたいのだと話してくれた。

そこで分かった。
アレンが会いたいのは"親"ではなく"自身の始まり"なのだと。

花が地面から芽を出し、茎を伸ばし、蕾をつけて花開くように。

人はアクマのように突然世界に産まれることはできない。

親がいて、またその親にも親がいて、全ての人は誰かの子。大人になっても、全ての人は誰かの子供なんだ。
そういった繋がりがあってこそ、人は自分を認識できる。

『ボクはダレ?』

きっとアレンは、考えることができる時間が増えた日々の中で、ぽっかりと自分の中に空いた空白の時間に、何もない空間に一人の浮かんでいるような、底知れない不安と寂しさを感じていたのだろう。

『…分かったさ』

それはオレがディックごと48人の名前を全て自分として受け入れたこととどこか似ているような気がした。



結局アレンの両親を見つけてくれたのは教団の情報網と人員を余すことなく乱よ…手足のように使ってヨーロッパ全土を捜索してくれた我らが元帥神田ユウサマで、オレとしてはちょっとカッコつかねーんだけど。

「…アレン、そろそろ日が暮れるさ。体冷やす前に宿に戻ろう」

震える肩をそっと抱いた。こんな形で両親と再会することをアレンは少しでも想像していたのだろうか。アレンが流す涙のわけは、オレにも分からなかった。

それでも、こうして側にいることはできる。やっぱりついて来てよかった。


やっと自分のことで泣けるようになったアレンを、一人で泣かせるわけにはいかないから。


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