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□Lucky devils *
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日曜日の昼下がり。
まだ六月だというのに今日はやけに日差しが強い。こんな日に家の雑務を頼まれるなんてついてない。

俺の家は代々神職を生業としてきた。父親が宮司で、母親がその手伝いをしている。一人息子の俺も、行事の際には例外なく駆り出される。
蔵から祭具を取って来い、なんて一番の力仕事を任せやがって。

ギィ、と重々しい音を立てて扉が開く。一歩踏み入れると途端に古臭い蔵特有のにおいが鼻腔をくすぐる。

「取って来いっつったって、どこにあんだよ…」

左右に山積みにされた何に使うのか、いつからあるのかも分からない品々を見上げて一人ぼやく。

幸い、暑い日のひんやりと冷たく湿った蔵の空気は幼い頃から嫌いではなかった。
取りあえず、祭具が置かれているであろう棚を漁る。確か木箱に纏めて入れられているはずだ。

「チッ…」

懐中電灯くらい持って来ればよかったと今更後悔する。扉を開けっ放しにしていても、さすがに蔵の奥までは光が届かない。

「あ、」

暗がりの中、それらしき大きさの箱を見つけて引っ張り出す。ドサッと、つられて何かが落ちる音が聞こえたが、それが重要文化財などではないことを願いながら、取りあえず木箱を下ろしてしまおうと持ち方を変えたその時だった。

「痛ッ……!」

木のささくれが指に突き刺さり、痛みのあまり片手を離してしまった。不安定になった木箱を腹や膝で支えながらどうにか下ろし、鋭い痛みを感じる指を見る。

「あー、これは…」

よく見えないが、確実に血は出ているだろうな。中に棘が残っていないことを願うばかりだ。


『汝、我の名を呼び契約せよ』


「……は?」

さっさとこいつを持って蔵を出ようとしゃがみ込んだ瞬間、背後から声が聞こえた気がして眉を顰める。

「そんな、まさかな」


『さすれば、どんな願いも叶えよう』


「……っ!?」

背筋に言いようのない悪寒が走り、立ち上がり勢いよく振り向いた。

そこにいたのは――。

「なーんてね!お久しぶりです!ペルデュラボー!元気にしていましたか?」
「なっ……!」

突然得体の知れないものに抱きつかれて目を見開く。こいつは一体…。

「あれ?しばらく会わない間に随分と髪が伸びて――」
「………」

お互いの顔を見つめたまま、しばしの沈黙が続く。

「……ダレ?」
「こっちのセリフだッ!!」

思わず突っ込んでしまったが、そいつの姿はどこからどう見ても人間ではなかった。
暗がりでよく見えないが、頭には二本の角、背中には黒い翼、おまけに尻尾のようなものまで生えてやがる。

そして何より——浮いている。

「なっ!?僕のセリフですよ!呼ばれて出てきてみれば誰とは何ですか!!」
「呼んでねーよ!不法侵入のコスプレ変質者なら警察呼ぶぞ!」
「ケーサツ!?誰ですかそれ!僕を差し置いてまた新たな悪魔を召喚するつもりですか!?それに呼んだじゃないですか!ほらっ!」

指差されるまま床を見ると、そこには一冊の本。木箱を取り出した時に落としてしまったのは、どうやらこの本だったようだ。
落ちた拍子に開いてしまったようで、古びたページが静かに横たわっている。

「これがどうした」
「よく見てください!これはあなたの血です!僕と契約したでしょう!?」
「は!?」

本を手にした変質者(自称:悪魔)は、魔法陣のような模様の真ん中にある赤い染みを指差して俺の前に突き出した。

「いや、してね……」

ハッとささくれの刺さった右手を見た。驚きのあまり忘れていたが、意識を集中させれば確かにまだ痛む。

……した。この本に血を落とすことがこいつの言う契約なら、不慮とは言え俺は確かに…。

「なんですか?認めましたか?」
「……取りあえず、話だけは聞こう」


神社に生まれたからと言って、その子供が熱心に神を信じるとは限らない。信仰の薄い息子だとよく叱られた。
だが、神は本当にいるのかもしれない。

なぜなら――。


今俺の目の前には悪魔がいる。


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