短編
□One Love Call
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風呂上がりに携帯を確認する癖がついたのは,あいつと付き合うようになってからだ。
それ以前は,風呂を出ても一切携帯なんていじらず,翌朝になってからメールや電話があったことに気づいていた。
友人や会社の人間――つまり,大人ならそんな俺のズボラさも許してくれた。
しかし,まだまだ子供のあいつと付き合い始めた頃,いつもの癖でそれをやったら,どえらい勢いで怒られたのだ。
別に懲りた訳じゃないが,以来,それは習慣になっている。
いつものように,スウェットをはいただけの格好で,濡れた髪を拭きながらテーブルに置きっぱなしだったそれを手に持つ。
ついているシンプルな革のストラップは,あいつが選んでくれた。
その時,「買ってあげましょうか」とも言われたが,バイトをしていない高校生からプレゼントを受け取るというのもアレなので,気持ちだけ受け取っておいた。
さて。
今夜はそのあいつから,電話か着信,どちらが来ていることやら。
ふう,と息を吐いて携帯を開くと,
「……………………ん?」
ディスプレイには,なにも表示されていなかった。
「……珍しいことも,あるもんだなぁ」
帰宅時間の定まらない生活だが,いつもは俺が風呂に入ってるときを見計らったかのようにメールか着信が入ってるのに。
今晩に限って,それがないなんて。
思わず拍子抜けしてしまった。
いや,寂しいとか思ってねーけどさ。
何かあったのかな,とか思うのって,普通だろ?
時刻は,9時。
……寝たってことはありえねぇよな,さすがに。
なんてったって,女子高生なわけだし。
……………………………。
「――たまには,俺からかけてみっか」
いつもあっちからかけられるか,それに出れなくてかけ直すぐらいで,俺から電話をすることはまずない。
あいつも,俺が働いているから遠慮しているのか,そこまでは要求してこない。
そのへんに,甘えている部分があったのは確かだ。
よし,かけてみるか,と意気込んでから,
でもなぁ,と思いとどまる俺。
……なんか,自分がガキみてぇに思えてきた。
待ちきれないから自分からかけるとか。
いつも待ってるみてぇじゃねえか。
……まぁ,待ってないわけじゃないけど。
でも,あいつにそう思われるのは,とても気にくわない。
かと言って,このまま何もしないのも彼氏としてどうなんだと思うわけで――
すると,握っていた携帯がバイブした。
「はい,もしもし」
『あれっ?』
まるで出ることを予期していなかったような,間の抜けた返事。
『珍しいね,電話出てくれるなんて』
「…あー,うん」
――そっちこそ,どうして今夜はかけるのが遅いんだ。
訊けない自分が情けない。
と,受話器越しに,あいつが笑う気配がした。
「どうした?」
『ん?……ふふふー』
「気持ち悪いな,なんだよ」
その言い方は酷いよー,と笑いながら言う。
『もしかして優木さん,あたしからの電話待ってた?』
「……は?」
『だって,ワンコールで出てくれたじゃん。だから,携帯のそばで待ってたのかなーって思ってさ』
んなわけねぇだろ,と否定する前に――俺のその雰囲気を察知したのか――彼女に遮られた。
『大丈夫だよ。違うってわかってるから』
たまたまなんでしょ?と,いつもの明るい声色で尋ねらると,何も言えなくなった。
『出てくれたのがあんまり嬉しかったから,調子に乗っちゃった。ゴメンナサイ』
謝っているのに楽しそうな彼女に,
「――そうだよ」
『え?』
耐えきれなくなって,俺は言った。
「待ってた」
そして続ける。
「風呂出て携帯見たら着信もなんもなくて,――いつかかって来んだろって,待ってた」