短編
□our winter
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▽大晦日企画 12/30
「ほんとごめん」
もう何度目か分からないくらい繰り返した謝罪に,彼女は「いいよいいよ」と苦笑いで応えた。
「優木さんが社会人で,年末はどこも大変だっていうのは分かってるもん」
「いや,でも,」
「もーっ!」
煮え切らない俺だったが,急に腕を組まれて何も言えなくなった。
辺りを見ると,そうしているカップルは多い。
しかし,いざ自分たちがやるとなると恥ずかしくないと言ったら嘘になる。
「――確かに,クリスマス一緒に過ごせなかったのは寂しかったけどさ」
急にいじらしくなられると,どうしても弱くなる。
彼女は頭一つ分低いところから上目遣いにこちらを見た。
「こうして優木さんと新年を迎えられるだけで,あたしは十分だよ」
――なんだこの可愛い生物。
抱きしめたい衝動を押さえ込む。
こいつといると,理性が揺らぐから困るんだ。
「来年,は」
「ん?」
「来年は,どっちも一緒にいられるよう頑張るから」
彼女は一瞬きょとんとした顔をして,
「ありがとう」
すぐに目を細めて微笑んだ。
冷たい空気にさらされている頬が赤い。
吐く息の白さが鳥居を照らしてるライトに反射して少しまぶしかった。
「あ,優木さん!向こうで甘酒配ってるって!」
はしゃぐ声につられるまま,甘酒を支給しているテントの立っているところまで行く。
割と人が多い。
どうやら毎年のことらしいな。
「ていうか,お前甘酒飲めんのか?」
この年の子供の口に甘酒は合うのだろうか。
少なくとも俺は成人するまでは苦手だったけど。
「うん,飲めるよ」
続ける。
「でも,紙コップ一杯も飲めないから,優木さんの一口頂戴?」
返事をする前に順番が来てしまった。
渡されるときにおばさんに言われた「仲良しねぇ。お幸せにね」には苦笑いしか出なかった。
彼女は彼女で露骨に顔を赤くしていたけど。
「ほら,先飲んでいいぞ」
「先に優木さんが飲んで」
「あ,そ」
そこで遠慮しても無駄なので,さっさと一口飲んだ。
それから「熱いから気をつけろよ」と手渡す。
「ありがと」と湯気の向こうで微笑んだ。
「……ん」
「美味しいか?」
「やっぱ一口だけでいいかな」
「高校生にはまだ早いってことだな」
「そうかも」
返されて,俺ももう一口すする。
うん,美味い。
すると,こちらを凝視する視線に気がついた。
「…………どした?」
「ねぇ,優木さん」
やけに真剣な表情。
「あたしが口付けたとこ,気にした?」
「はぁ?」
思わず拍子抜けた声が出た。
「そんなん気にするわけねぇだろ,ガキじゃあるまいし」
「その言い方は酷いっ!ちょっとぐらい意識してくれたっていいじゃん!」
「あー,はいはいごめんごめん。気にしましたよーめっちゃ意識しましたー。おっさんは女子高生と間接キッスできてドキドキしてますよー」
「何それ適当すぎ!本当はしてないくせに!」
ふてくされた顔。
あー,もう。めんどくせぇなぁ。
「じゃあお前は意識したのかよ」
俺としては,「する訳ないじゃん優木さんの変態!」みたいなツッコミを期待してたわけだが。
「――――ッ!!」
予想に反し,彼女は耳まで赤くして俯いてしまった。
……意識,してたんだな。
あー,くそっ。
「おい」
「……何?」
「顔上げろよ」
「やだ」
「そう言わずに」
「恥ずかしいもん」
「なぁ」
「やだっ」
「真奈」
めったに口にしない名前で呼ぶと,びくんと肩を跳ねさせて,
それから,ゆっくりと顔を上げた。
やっぱり顔が赤い。
すかさず,触れるだけのキスをした。
甘酒の独特な香りが伝わる。
これが今年最後のキスか――なんて。
柄にもなく余韻に浸ったのは,衝動とはいえ,人前でこういうことをするのに慣れていないからかもしれない。
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